第17話:純白の素肌を取り戻した聖女~「私を、こんなに白く清らかにしてくださった……!」~
小鳥の涼やかな囀りと、窓から差し込む柔らかな朝日の光。
清々しいヒノキの香りに包まれて、エルフの少女セリスは、ゆっくりと重い瞼を押し上げた。
「……ん……っ……? ここは……天国……?」
視界に飛び込んできたのは、温もりを感じさせる美しい木目の高い天井。
背中の下には、太陽の光をたっぷりと吸い込んだ、ふかふかで清潔なリネンシーツの感触。
そして――何よりも。
「痛く……ない……?」
セリスは、信じられない思いで自らの両手を胸元に当てた。
物心ついた頃から、一日として彼女の肉体から消えたことのなかったあの地獄の苦痛。
骨をギリギリと万力で締め上げられ、内臓を焼き鏝で焼かれるような、他者の怨念の呪毒の激痛が――嘘のように、完全に消え去っていたのだ。
呼吸をするのが、こんなにも苦しくないなんて。
肺の奥深くまで、甘く澄み切った清浄な空気が染み渡っていく。
それどころか、指先の先まで、かつて経験したこともないほど純粋で力強い神聖魔力が、泉のようにコンコンと湧き上がってくるのを感じていた。
「目が覚めたかい、セリス」
カチャリと部屋のドアが開き、温厚そうな黒髪の青年が、湯気の立つマグカップを持ってお盆を抱えながら入ってきた。
「あ……貴方は……?」
「俺はロイド。ここは終末の廃棄谷の真ん中に作った、俺の家だ。昨日の夕方、結界の境界で倒れていた君を保護してね。勝手ながら、君の身体を蝕んでいた毒を解体させてもらったよ。……身体の調子はどうだい? どこか痛むところはあるか?」
「痛むところ……? い、いいえ! 全く痛くありません……! それどころか、身体が羽のように軽くて……」
セリスはおずおずと起き上がり、自分の両手を見つめた。
その瞬間、彼女の翡翠色の瞳が丸くなった。
かつて紫黒色のケロイドで覆われ、血と膿が滲んでいたはずの自分の腕が――まるで雪の結晶のように白く、一点の曇りもない滑らかな素肌へと生まれ変わっていたのだ。
「これ……私の手……? うそ……あんなに黒く腐りかけていたのに……」
「鏡を見てごらん。驚くよ」
ロイドが優しく微笑みながら、ミスリル製のピカピカに磨かれた手鏡を差し出した。
セリスは震える両手で鏡を受け取り、恐る恐るその表面を覗き込んだ。
そして――。
「あ…………っ!」
セリスの手から、カランと音を立てて手鏡が滑り落ちそうになった。
鏡の中に映っていたのは、自分自身ですら見たことのない、息を呑むほどに可憐で神々しいエルフの乙女の姿だった。
泥まみれだった髪は、朝日の光を浴びて眩いばかりの純金のように煌めき、ふわりと背中に波打っている。
頬や首筋を覆っていた醜い呪いの痣は跡形もなく消え去り、まるで剥きたてのゆで卵のように瑞々しく、指で触れれば吸い付くような極上の白磁の柔肌が広がっていた。
翡翠色の大きな瞳は水晶のように澄み渡り、桜色の唇は露を宿した花びらのようにプルプルと潤っている。
「これ……が……わたし……? 本当に……私なのですか……!?」
「ああ、正真正銘、君の本来の姿だよ。君がこれまでずっと他人のために背負わされてきた毒は、俺が全部綺麗に抜き取っておいたからね。もう何も痛むことはないよ」
「あ……ああぁ……っ……!」
セリスの大きな瞳から、大粒の涙がボロボロと溢れ出した。
彼女はベッドから転がり落ちるようにして床に膝をつくと、ロイドの足元へと縋り付いた。
ロイドのズボンの裾を両手でぎゅっと握りしめ、濡れた頬を押し当てる。
「ロイド様……! あんなに醜く汚れ果てていた私を……こんなにも白く、清らかにしてくださったのですか……!? 神殿の誰もが私を化け物を見るような目で見下し、用が済んだらゴミのように捨てたのに……! 世界中で、貴方様だけが……私を助けてくださった……!」
「お、おいセリス、そんなに泣かないでくれ。顔を上げてくれよ。俺は当たり前のことをしただけなんだから」
「いいえ! 当たり前などではありません……! 私にとって、ロイド様は私の世界を新しく創り直してくださった、唯一無二の主様です……!」
セリスは涙でぐしゃぐしゃになった顔を上げ、ロイドを燃えるような情熱と狂おしいほどの忠愛が宿った瞳で見つめ上げた。
「私のこの清らかにしていただいた身体も、魂も、これからの永いエルフの生涯のすべてを……ロイド様のためだけに捧げます! ロイド様のお手伝いができるなら、どんな下働きでも、夜のお相手でも、喜んで務めさせていただきます! どうか……どうか一生、お傍に置いてくださいませ……!」
「よ、夜のお相手って、君ねぇ……!?」
あまりにも激重で直球すぎる聖女の誓いに、ロイドが真っ赤になって狼狽えたその時。
部屋の扉がスーッと音もなく開き、お盆を持ったルシアが無表情で立っていた。
「警告。セリス個体の生体パルスより、マスターに対する極めて危険な執着・求愛信号を検知いたしました。……マスターの貞操および平穏なスローライフを防衛するため、本機の武装による物理的隔離措置を提案します」
「やめなさい! 朝から物騒な冗談を言うんじゃない!」
「冗談ではありません。本機は極めて真剣です」
むっと頬を膨らませるルシアと、ロイドの足元で「絶対に離れません!」と抱きつくセリス。
最果てのログハウスの朝は、なんとも騒がしく、そして温かな賑やかさに包まれていた。




