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第15話:境界に倒れていた薄幸のエルフ~黒く染まった浄化聖女~

世界の明暗が、あまりにも残酷な一本の境界線となって大地に刻まれていた。

 背後には、ロイドが《原質解体》と《分子再構築》によって創り上げた奇跡の楽園『エデン』。

 足元にはみずみずしい緑の芝生が広がり、澄み切った清流が陽光を反射してキラキラと煌めき、ヒノキの新築ログハウスからは清々しい芳香が漂っている。

 だが――その境界線をほんの一歩跨いだ先は、紫黒色の有毒ガスが地を這い、酸化した鉄屑とヘドロの悪臭が吹き荒れる、地獄の『終末の廃棄谷』だった。

 その境界線のすぐ外側、赤茶けた乾いた岩肌の上に、一つの小さな影がうつ伏せに倒れ伏していた。


「マスター、生体熱源を補足。……バイタルスキャンを実行します」


 ロイドの傍らに立つ純白の機巧天使ルシアが、瑠璃色の瞳に青白い魔導演算光を明滅させながら、抑揚のない機械音声で告げた。


「心拍数、毎分二十一回。微弱。血中酸素飽和度、致命的レベルまで低下。中枢神経系に重篤な壊死反応を検知……生命活動の完全停止まで、推定あと十二分です」

「なっ……!? すぐに助け起こすぞ!」


 ロイドは境界線を飛び出し、倒れていた人物の元へと膝をついた。

 肩に触れた瞬間、ロイドの指先にツンとした刺激臭と、まるで氷漬けの鉄板に触れたかのような異様な冷気が伝わってきた。

 そっと抱き起こし、仰向けにした瞬間――ロイドは思わず息を呑んだ。

 倒れていたのは、長く尖った耳を持つエルフの少女だった。

 本来であれば、朝露を浴びた金糸のように眩く輝いていたはずの豊かな長髪は、泥と油煙にまみれ、見る影もなく変色してボサボサに絡み合っている。

 身に纏っているのは、かつては神聖な高位聖職者のみが着用を許されていたとされる純白の神殿祭服。だがそれも、刃物で切り裂かれたような無数の傷と汚水で泥まみれになり、ボロボロの襤褸布へと成り果てていた。

 何より凄惨を極めていたのは、彼女の肉体そのものだった。

 エルフ族特有の白磁のように透き通っていたはずの柔肌が、首筋から胸元、鎖骨、そして両腕の指先に至るまで、血管に沿ってドス黒い紫色の文様――高濃度の呪詛と怨念が結晶化した『呪毒』によって激しく侵食されていたのだ。

 皮膚の至るところがケロイド状に焼けただれ、ひび割れた傷口からは紫色の血が滲み出している。


「う……あ……っ……つめ……たい……誰か……たす……け……」


 ひび割れて乾ききった桜色の唇から、掠れたうわ言が途切れ途切れに漏れる。

 虚ろに開かれた翡翠色の瞳は、光を失い、焦点も合わずにロイドの顔を見上げていた。

 ルシアが少女の胸元、ボロボロに引き裂かれた祭服の襟元に残る銀の刺繍をスキャンした。


「個体情報の照合を完了いたしました。……この紋章は、帝国中央大聖堂に直属する『第一級浄化聖女』の特級刻印です。登録名、セリス。推定年齢百二十歳――人間族換算でおよそ十八歳前後に相当します。帝国史上、類を見ない最高濃度の神聖浄化魔力を持つ奇跡の聖女と称されていた個体です」

「第一級浄化聖女……!? 帝国の最高峰の聖女が、なんでこんな世界の果てのゴミ捨て場に放り出されてるんだ!?」

「内部ログおよび帝国神殿の慣例規約から演算推測を実行します。……オルディス帝国の皇族、および中央貴族たちは、自らが犯した汚職、政敵暗殺の呪殺魔法の反動、さらには禁忌の魔導兵器実験で生じた猛毒エーテルを、すべて彼女の肉体に『代行転写(スケープゴート)』させていた模様です」

「代行転写……? まさか、他人の呪いや毒を、全部この子一人に押し付けていたっていうのか!?」

「肯定(イエス)です、マスター。彼女の驚異的な浄化体質を都合の良い生体ゴミ箱として悪用し、貴族たちの穢れをその身に肩代わりさせ続けていたのです。そして……彼女の肉体が耐えられる呪毒の許容量が限界を迎え、肌がただれ、魔法の行使が不可能になった瞬間――『神の加護を失い、悪魔の呪いに汚染された不浄の魔女』として断罪され、この終末の廃棄谷へ生きたまま投棄されたと推測されます」


 ルシアの淡々とした報告が、かえってその背景にある帝国の吐き気を催すような外道ぶりを浮き彫りにしていた。

 自らの贅沢と権力のために、少女を都合のいいゴミ箱として使い潰し、壊れたらゴミ捨て場にポイ捨てする。

 ロイドの胸の奥底で、ドロリとした熱い怒りの炎が音を立てて燃え上がった。

 自分と同じだ。

 便利に使われている間だけ甘い言葉を囁き、いざとなれば足手まといだと罵って路頭に迷わせる。

 帝都の連中の底知れぬ身勝手さと傲慢さが、無力なエルフの少女をここまで追い詰めたのだ。


「……ふざけるな」


 ロイドはぎゅっと奥歯を噛み締めた。


「人間を道具みたいに使い捨てて、用が済んだらゴミ箱に捨てる……そんな理不尽が許されてたまるか」

「あ……ぁ……もう……息が……くるし……い……」

「大丈夫だ、セリス。お前はゴミなんかじゃない。……俺が絶対に助けてやる」


 ロイドはセリスの折れそうなほど細い身体を両腕でしっかりと抱き上げ、エデンの大地へと足を踏み入れた。


「ルシア! ログハウスの作業室に清潔なベッドを用意しろ! 今すぐ俺が、この子の身体に巣食った呪毒を、分子の一粒残らず解体して抜き去ってやる!」

「了解(イエス)、マスター。直ちに無菌環境を構築し、解体支援シークエンスをスタンバイします」

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