第12話:廃棄谷の夜空と、ルシアの添い寝~暖炉の温もり~
最果ての廃棄谷には、静謐で優しい夜が訪れていた。
パチ、パチ、とヒノキの薪が暖炉の中で爆ぜ、ログハウスの広いリビングを柔らかな橙色の光で満たしている。
ロイドはふかふかのソファに深く身体を沈め、名水で淹れたカモミールティーをゆっくりと口に運んでいた。
窓の外を見上げれば、谷を覆っていた紫色の毒煙はすっかり消え去り、満天の星々が降るように煌めいている。帝都の地下で悪臭と煤にまみれ、理不尽な罵声を浴びていた日々が、まるで遠い前世の出来事のように思えた。
「……本当に、平和だなあ」
「はい、マスター。周辺五百メートル圏内の有害物質濃度は完全にゼロパーセントを維持しております」
隣に座ったルシアが、コトンと温かいお茶のおかわりをテーブルに置いてくれた。
ミスリルで再構築された四肢はすっかり身体に馴染み、その仕草は生身の人間の淑女よりも滑らかで優美だった。
「ルシア、お前は休まなくていいのか? 機械とはいえ、一日中働いて疲れただろ」
「ご心配には及びません。本機の疑似神核炉は、マスターの供給してくださった高純度魔力により常に満充電状態です。……ですが」
ルシアは瑠璃色の瞳を少し伏せ、胸元に両手を当ててモジモジと小さく身を震わせた。
「ですが……?」
「本機の熱制御システムが、軽微な演算エラーを感知しております。……マスターの体温を直接感知することで、温度調節機構のキャリブレーションを行いたいのですが」
「キャリブレーションって、要するに?」
「添い寝です」
「即答かよ!」
ロイドがツッコミを入れる間もなく、ルシアはスルリとロイドの膝の上に腰を下ろし、その細くしなやかな腕をロイドの首筋へと回してきた。
抱きしめられた瞬間、ふわりと上質な石鹸のような清潔な香りと、驚くほど柔らかく温かい体温が伝わってくる。
「ルシア、お前……本当に機械か?」
「はい。マスターが作ってくださった人工皮膚組織は、最高級の人肌エミュレーターを搭載しております。……マスター、とても温かいです」
「そりゃあ、生きてる人間だからな」
照れくさそうに頭を掻くロイドの胸に、ルシアはコテンと銀髪の頭を預けた。
胸部装甲の奥から、規則正しく刻まれる疑似神核炉のトクン、トクンという力強い鼓動。
一人きりだった最果ての地に、温かな家族の灯がともった夜だった。




