一日の休暇
今日の凛との地獄の稽古が終わり、和貴は自室に戻ろうとしていた。
いつもならこの後に任務が待っているのだが、今日は幸いにも何も仕事が無かった。その為、この開いている時間をどうやって過ごそうかと考えていた。
「稽古したいって言っても、凛は『過剰な稽古は無駄に身体を壊す可能性があるから禁止だ!』とか言ってるしな。叶に電話使用にも、今の日本の時刻は午前三時。起きているわけがない。どうするか・・・」
そう考えていると、コンコンと扉からノック音が聞こえた。和貴いるか?と扉越しに声をかけているのは有樹だった。
無視する理由もなかった和貴は部屋の中に有樹を招き入れた。よう、と手を挙げ、有樹は自室の様に和貴の部屋に入った。
「今日はどうしたんだ?というか、よく俺が今日何もないことを知っていたな」
「知り合いの作戦司令官に今日が和貴が休みだってことを聞いたのさ。にしても、相変わらず何もない部屋だな。私物は数冊の本だけで、残りは全部軍からの支給品。退屈じゃないのか?」
「いつもなら凛との稽古の後、司令官の仕事があって忙しいんだ。俺にとって自室はただの睡眠部屋さ。まぁ、今日に限って言えば退屈だがな」
すると、有樹は「そうか、それじゃあ今日は暇ということでいいんだな」と話を続けた。
「だったら、ちょっと付き合え。たまには友人と一緒に酒でも飲もうぜ。まぁ、酒なんてないけどな」
「当り前だ。勤務中に酒なんて飲んでたまるか。そもそも、お前は下戸だろうが」
和貴が十九歳の時、一度だけ元EXクラスのメンバーの男子達が集まってこっそり酒を飲んだことがある。その時に判明したのが、有樹と炎星が下戸であるということだ。
有樹は何となく予想できたが、炎星が下戸だったのは予想外だったらしく、絡み酒がひどかった。加えて、理雄に次ぐ腕力を持っているため始末が悪く、最終的にその場にいた一番の腕力を持つ理雄によって抑えられた。ちなみに理雄は酒豪であったため、朝まで飲み続けていたらしい。
その出来事を思い出したのか有樹は苦笑いして、その出来事をごまかそうとする。
「あの時は悪かったと思ってるよ。だがな、あの件は誰が一番酒が強いかっていう話から始まったんだろ?加えてみんな酒の天井を知らなくて飲みまくった結果がああなったんだ。だったら俺は悪くない」
「その点に関しては同意見だ。それより、話が逸れたがどこに行くつもりなんだ?」
「それは部屋を出たらわかるさ。とりあえず、ここから出ようぜ。たまには外の空気も吸わなきゃ気分が悪いだろ」
有樹によって無理やりに近い感じで和貴は外に連れ出される。和貴はやれやれとした表情で有樹の後をついて行った。
(まぁ、暇なのは変わりないし別に問題ないか。強いて言えば、疲れ切った身体を休めたかったがこれくらいのことなら疲れるに含まれないだろうしな)
日々の地獄の稽古を思い出し和貴は有樹の案内の元、外に連れ出された。時刻は朝の十時頃だが、和貴の体内時計は狂っているせいか、和貴の感覚では午後十時の様に感じられた。
(不思議だ・・・。日光が気持ち良すぎて眠く感じる。いや、これは正常なのか?)
目をつぶり、このまま寝ようとしたが、昼寝をするためにここに来たわけではないと考えを改め有樹に何をするのか聞き始めた。
「それで、わざわざ外に連れ出したのはいいとして、一体何をするつもりなんだ?」
「それを答える前に一つ質問していいか?・・・この基地の飯をどう思ってる?」
「飯?・・・そこまで考えたことはないが量的には問題ないと思うぞ」
そう答えると、有樹は頭を抱えて再度質問する。
「そう言う話じゃなくてだな、味の問題だよ。ここの基地の飯の味はどうかって聞いているんだ」
そこまで問われて和貴はようやく有樹の意図に気付く。和貴はすぐにこの基地の飯について感想を述べ始めた。
「まず味が薄い。調味料を抑えているとはいえ流石にここまでまずかったらいっそのこと素材だけの味にしてもいいと思っている。加えて、メニューの種類が少ないかな。何度もここの飯を食って、これなら叶の手料理の方がいいって思うな」
「誰も彼女の話をしろなんて一言も言ってないだろ。でも、それは置いとくとして、やっぱり和貴もそう思うか」
にたりと表情を変えた有樹はいつの間にか持っていたエンド・ワールドを手に持ち、どこかに行こうとしていた。別に武器を持って基地に出てはいけないという決まりはないが、能力の発動はしてはいけない。流石に見過ごすわけにはいかなかったのか、和貴は有樹を止めようと肩に手を乗せた。
「ちょっと待て。そろそろ目的を言ってくれ。それに武器の持ち出しは禁止じゃないけど、能力の発動は禁止されてるんだぞ?」
「ついてくればわかる。それに、これはエンド・ワールドに似ているが本物じゃない。ただの銃だ。さてと、それじゃあ行きますか」
有樹は気分がいいのか、鼻歌しながらどこかに向かって行った。和貴はその有樹を見て仕方ないと思いつつも一緒について行くのであった。
広大な砂漠を歩いて十分。和貴と有樹は基地の近くにあるオアシスで休んでいた。有樹から望遠鏡を預かり、何か異変があったら読んでくれと言われ、日光によって輝く平行線の景色を眺めていた。
一方で指示した有樹はオアシスの近くで何かを準備しているのか、金属音がぶつかる音が聞こえていた。
(熱い・・・。一体何のために俺はここに呼び出されたんだ?」
「本音が漏れてるぞ。砂漠の様子はどんな感じだった?」
「別に。いつもと変わらない広大で退屈な景色が広がっているさ。・・・てかさ、もったいぶらずそろそろ目的を言ってくれないか?俺もう寝たいんだけど」
「サプライズは脅かすまでが仕込みなんだぜ。っと!いいタイミングに来たな」
有樹は和貴に望遠鏡を渡し、指を指した方向を覗いた。土煙が舞いあがり、巨大な生物がこちらに近づいていた。その迫力に和貴は声を上げそうになるが、冷静になって有樹に問いかける。
「なぁ、あれはなんだ?」
「さあな。砂漠に住むトカゲだろ?大方、ヒュドラウイルスによって巨大化したという説が有効だと思うんだが・・・」
「俺が言ってることはそういう意味じゃない!あのトカゲこっちに向かってきてるぞ?」
「そりゃあ、俺達がトカゲの縄張りに入ったから向かってくるさ」
和貴は頭を抱える。よりによって、ここに来てトカゲ退治をするとは思っていなかったからだ。大きさにして約五メートル。その巨体から発生する衝撃波はそのトカゲがどれほどの大物なのか証明するのに充分すぎた。
「さっさと逃げるぞ。この距離なら俺達が走っても充分に逃げ切れる。手ぶらで戦闘とか笑い話にもならない」
「何言ってるんだ?俺達の目的はあのトカゲだぜ?手ぶらが嫌ならさっさとその銃を手に取って撃ちまくれ」
心配するな。言い訳も既に考えてと有樹は笑顔で和貴に微笑む。眠気に負けそうになったが、和貴は
標準を巨大トカゲに合わせ、引き金を引く。
トカゲは悲鳴らしき声をあげ、その場で狂い悶える。しかし、それだけだ。致命傷には至ってなかった。
「じゃあ、後は俺の出番だ。銃はいらねぇよ。能力で沈めてくる」
一人で歩いていく有樹を見て、和貴は風に消されるか消されないか程度の小さな声で呟く。
「有樹変わったな。昔は見下していることがほとんどだったけど、いつからか急に変わり始めたな。やっぱり、あの時の出来事が変わるきっかけになったのかな」
トカゲに止めを刺した有樹は嬉々としてトカゲの肉を解体していく。和貴はその様子をしばらく見た後、オアシスに戻ろうと振り返り歩き始めようとした。
「ちょっと待てよ和貴!!この肉の量だと一人で運ぶのはつらい。お前も手伝ってくれ!!」
大声で助けを求める有樹の手には大量の肉があった。その光景に一瞬目を奪われるが、それもつかの間。和貴は有樹に所へ向かい、持ち運べない肉を運び始めた。
「なんとなくお前がしたかったことは理解できたよ。要するに『一狩り行こうぜ!!』ってところか」
「正解だ。飯がまずくてやる気が出ないなら自分で食料を取って食おうぜって結論になるだろ?幸い、この砂漠にはいろんな生物が住んでいる。なら、魚はだめでも肉なら自分で狩りに行けるって話さ。早速出し、この肉を二人で食べようぜ!!」
オアシスに戻ると、先ほど有樹が準備していたバーベキューの鉄板の他、紙皿とトングが置いてあった。火が無くても、日光によって温められた鉄板は熱気が漂い、肉を焼くのに必要な温度まで上昇していたことを証明していた。
「調味料は色々持ってきたからな。今はあの飯を忘れて肉に頬張ろうぜ!!」
「お前本当に変わったな。でもその考えには同意見だ。今になって思うさ。一緒に来てよかったなって」
ナイフによって切り分けられた肉をトングを用いて、鉄板の上にを置き焼きあがるまで待つ。その時間が待ち遠しく、和貴達は焼ける肉を観察していた。肉汁が溢れると同時に和貴達の胃袋も空腹を訴える。
そして食べごろになったと判断した有樹はトングを用いて大量の肉を紙皿の上に盛り付ける。和貴もそれに見習い、有樹と同じ量の肉を盛り付けた。
「それじゃあ、早速食べるとするか!」
「ああ、この肉を見ていると今までの疲れが吹っ飛びそうだ」
いただきます!!と二人の割り箸が肉を取ろうとした時、和貴の足元に一発の銃弾が打ち抜かれた。
和貴はいきなりの弾丸に驚き、有樹は弾道を辿って、撃ってきた張本人を見る。そして彼らは驚愕する。何故、この場にいるのかと。
「ほう。銃声が聞こえたからその方向に歩いてきたが、なかなかに面白いことをやってるじゃないか。この場限りは虫から人間に格上げしてやろう。なぁ?和貴と有樹」
蛇に睨まれた蛙とはまさにそれだった。乱入者、鯨井凛は和貴と有樹を見て、にたりと笑った。和貴は有樹に聞こえる声でどうするか相談した。
(おい!?この状況は想定していたのか!!流石に凛が出てくるとは思ってなかったぞ!?)
(知るか!!俺だって想定してないわ!!第一、何で軍のトップがここにいるんだよ!!本来なら部屋にこもって書類を書いてる筈だろ!!)
二人の様子に呆れたのか、凛は堂々と二人に近寄り和貴の隣に座った。一体何をするのかと和貴達は警戒していたが、それが凛の気分を損ねたのか怒鳴り声で怯えた二人に喝を入れた。
「何をしてる!!!さっさと肉を持ってこないか!!それとも、お前ら二人が焼肉になるか?」
速攻で有樹は肉を焼き始め、和貴は紙皿と割り箸を凛に渡す。凛は溜息をして二人に話しかけた。
「安心しろ。お前達に刑罰を与えるつもりは無い。しかし、こっそりと狩りを行ってたなんてな。室内にこもっていた私にとっては盲点だったな」
背を伸ばし、周りの景色を眺める凛はどこか新鮮味があるのか周囲を観察していた。その様子に和貴は気になったのか凛に質問した。
「そう言えば、凛さんって外に出ないんですか?」
「基本的にはな。私が基地の外に出るとしたら、お前との稽古の後か面倒な書類がひと段落着いた時だけだな。まあ、お前達みたいに狩りに出るほど休憩するつもりは無かったが、流石にこんなにおいしそうな肉があるなら話は別だ」
凛は肉が焼きあがるのを期待して待っていた。和貴は凛のこの態度に少し驚いていた。いつもなら部下の罵倒上等の彼女が今回に限って抑えめなのだ。有樹も同じ心境なのか、態度では驚かなかったが彼の瞳孔は驚きを示していた。
「どうした?先ほどは仲良く会話していたじゃないか。なら私のことは気にせずに会話を続けるがいい。それとも、その会話の内容がまさかとは思わんが私を侮辱してる内容ではないよな?」
「侮辱してたらさっき現れた時にやられていますよ。それに、存在感の塊である俺達の上司を無視して会話なんてできるわけないじゃないですか」
すると、少しムッとした顔で凛は和貴を睨んだがそれも一瞬。焼きあがった肉を有樹が凛に持ってきたと同時に彼女の機嫌がよくなった。凛は肉を食べ、満喫していると早速和貴達に話を始めた。
「そうか。なら私も会話に混ぜてもらおう。何の偶然かここには同期が二人もいる。そして私は和貴に彼女がいることも知っている「いや、何でそれを今触れるんですか」そこで、私は考えた。和貴に彼女のがいるのであれば有樹にも彼女がいるのでは?と」
その推測に有樹の表情筋が固まった。和貴はフォローするかどうか考えたが、今回に限ってそれをするのをやめた。何故なら、有樹の口から彼女がいるとは高校生活の中でも一言も言っていないからだ。
いつもなら能力を悪用して同期を黙らせたが、今回は別だ。相手は勇気の上司。加えて実力も天と地ほどの差がある。逃げられないこの状況に有樹は必死の抵抗をする。
「まさか。俺に彼女はいませんy「嘘だな。生憎私の前で嘘をすることは許さんし、そもそもバレバレだ」・・・何故嘘だと言えるんですか?」
「有樹の仕草がいつもと違った。瞳孔が少し揺れている。やや首元に少量の冷や汗を掻いた。先ほどまでの会話では手を弄らなかったが、今では高確率な頻度で弄っている。・・・まだ十点ほどあるが全部言うか?」
「・・・なら「動揺したな?ならそれは決定的だ。であれば観念して真実を話すがいい。嘘を言ってもいいぞ?どんな結果であれ、私はこの基地にお前の彼女の情報を流すつもりだからな」
「・・・凛さん。それはちょっとやりすぎじゃないですか?」
退路を少しずつ断たせていく凛の問答に和貴は有樹に同情していた。答えたくない質問に答えなければならない苦痛は一度味わっている。だからこそ和貴はこの状況を楽しんでいた。
「・・・」
「無言でも私は一向に構わんぞ?それは肯定を示しているからな。どうしても嫌なら実力行使に出るが?」
「・・・だったら、これ以上この肉を与えません。メシマズで苦しんでいるのは貴方だって同じ筈だ。であれば、この肉を食べられないのは凛さんにとっては苦痛だ。この肉が食べたいというのであれば、今後この話題に触れないことを約束してください」
凛の勝ち誇った表情が崩れた。凛にとっても、肉が食べれないという苦痛は流石に耐えられないようだった。加えて、先ほど肉を一口食べ、味を知ってしまったので、麻薬の様な効果が表れていた。その結果、凛の返答は自然とこの回答に辿り着いた。
「・・・・・・・・・いいだろう。今後お前の恋愛話に触れないことを約束しよう。(ッチ、もう少しで面白くなるはずだったのに・・・」
「心の声が出てますよ凛さん。それより肉を食べましょう。冷えて固まったらもったいないじゃないですか」
鶴の一声ならぬ和貴の一声によって凛と有樹は肉を食べることにした。こうして和貴達はようやく焼きあがった肉を口に入れ、肉の旨味を堪能していった。
肉を堪能して三十分。三人の胃袋が満たされ、和貴と有樹は後かたずけをしていた。凛は仕事の都合上、すぐに基地に戻らなければならなかったため、片付けに参加できなかったが、その方が和貴達にとって気が楽だった。
「にしても本当に驚いたな。まさか突然凛さんが現れるなんてな」
「和貴の言うとおりだ。まぁ、そのおかげで肉を多く消費できたからな。俺としては食料を無駄にしなくてそっちの方がありがたいけどな」
片付けが終わった有樹は一人で余った肉を用いて何かをしてた。一体何をしているのかと思い和貴は其れを見てみると、肉の塊を作っていた。
「有樹、それは何に使うんだ?」
「これか?これを砂に埋めておくと、一か月後に水が抜けきって別のエサになるんだ。そしてそのエサを好む生物がさっきのトカゲさ。だからその時のために取っておくのさ」
有樹は砂の中に肉を埋めると、必要な荷物を持って退散しようとしていた。和貴は既に荷物を纏めていたようで、すぐに退散できるようになっていた。
「じゃあ、また一か月後にここに来るか?まぁ、和貴は忙しいから無理か」
「かもな。でも、暇になった時にはまた誘ってくれよ」
和貴達は歩きながらそんな他愛のない会話をして基地に戻っていった。基地に着くころには和貴の疲れは臨界点に到達したのか、自室に着いたと同時に布団の上へと飛び乗った。
(さてと、次の仕事まであと七時間。それまでなら充分な睡眠をとれるな・・・)
そう思っていた頃には既に和貴の瞼は勝手に閉じられており、今日の疲れを癒すように熟睡していた。




