広大な土地の世界
霊峰和貴が高校を卒業して二年が経過した。
学校の出来事を思い出しつつ、白亜の壁につけられた大液晶画面に覆われた指令室で和貴は椅子に座って作業のように敵を倒す指令を出し続けている。今日もまずい食料と少量の水だけの生活を強いられている和貴は学生時代がいかに幸せだったのか痛感していた。
「はぁ、ったく。毎日毎日、敵の侵攻を押さえるばかりか。少しは進歩できないのか」
そして即座に頭の上からペシッと紙を筒状に丸めた何かに叩かれる。和貴はその叩いた人物を見上げた。
その人物は波状毛の長い赤毛のツインテールで纏めており、和貴と同じぐらいの身長でありながら、筋肉らしきものは一切ないように見えた。しかし、実際はその華奢な肉体からは想像できないほどの筋力を誇っている。
そしてその容姿は釣り目ながらも、魅惑と表現できるほどスタイルがよかった。その良さはこの基地のほとんどの男性軍人を誘惑させているほどだ。この人物こそ和貴の上司である鯨井凛である。
「愚痴を言ってる暇があったら、手と口を動かせ。それができたら私も苦労しない。でも、お前の働きのおかげで近いうちに奴らの領土へ侵攻できそうだ」
「でも、俺は待機ですよね。まぁ、分かってますけど」
「ずいぶん文句があるようだな?そんなにここが不満か?」
「不満はありませんよ。最新の機材に情報、そして有能な上司。ここまで恵まれていることには一切文句はありませんよ。ただ、少しばかり命を削るような経験がないなって思っただけです」
凛に出会った当初、和貴にとっては彼女の印象は最悪だったが、全て自分のために厳しくしているということを二年間かけてようやく理解していた。凛も和貴の実力を理解したと同時に、すぐに作戦の伝達役として、作戦指令室に居座らせている。
安全という面に関してはこれ以上ないほど信頼できる場所だが、和貴にとってはいささか物足りなさがあった。
この物足りなさは恐らく、学生時代に体験した緊張感が原因であると和貴は理解していた。学生時代では命を懸けた戦いが多かったが、今ではその真逆。平和な傍観が多くなってしまった。
今頃、戦闘組の理雄達は戦場を駆け巡っているのだろう。それに対して和貴はここにいる。この状況こそが、和貴にとっては不満が溜まっていたのである。
「お前の経歴は全て把握している。だが、指揮官は普通前線に行って戦わん。貴様はまずそれを体に染みつかせる必要がある。それに、前線に行ったところで無駄死にするのが目に見えている」
「理解してますよ。・・・ところで、しばらくは戦況は狂いそうにないですか?」
「ああ、二時間ぐらい放置しても問題ないだろう。・・・そろそろ、いつものをやるか?」
和貴は無言で凛の言葉に頷く。すると、凛は代わりの指揮官を呼び和貴が座っていた席に座らせ、指示を出した。
「おい、このゴミくず!!貴様はこれからこの画面から目を離さずしっかりと監視しろ!異変があったらすぐにこの電話で連絡しろ!!」
「はい!!!我が女王様!!!罵り最高!!罵倒最高!!!」
何故か興奮しまくっている部下を凛は無視し指令室を後にする。和貴は凛の後について行く。海洋基地と違って縦ではなく横に広々としたこの基地は向かった場所はトレーニングルームである。
指令室と同じ何もない白亜の廊下を歩くと、トレーニングルームと書かれたへやに辿り着く。和貴と凛はそこへ入り、更衣室に向かった。
更衣室に向かった後、和貴は戦闘用の服装に着替える。そして更衣室に置かれている歯止めされた武器を手に持ち、トレーニングルームに入室した。
トレーニングルームの壁は耐衝撃性で作られているため、頑丈であり、防音機能も万全だった。だが、それだけだった。この場にいる戦闘用の服装に着替えた凛以外に筋トレ用具も掃除道具も倉庫も何もなかった。否、正確に表現すれば今は何もないという言葉が正しいだろう。
「さて、では早速実践稽古を行う!今のお前の実力はカスから少し上がってゴミムシになったにすぎん!!さっさとその手に持っている武器を死ぬ気で構えろ!!出なければ私が貴様を潰す!!」
そう言って凛は手に持っている武器を構えた。和貴もそれに習い、凛と同じ武器である槍を構えた。だが、勝負はあっけないほどに決着がついた。
凛の閃光のような突きによって和貴の鳩尾を穿たれた。和貴はこの痛みに耐えきれず、意識を凛によって一瞬で刈り取られた。そのまま暗闇の世界へ引きずりこまれそうになったが、それも一瞬だけ。和貴が気絶した瞬間、和貴の顔面に過剰な痛みが走ったのだ。原因は凛に顔面を蹴られたことによる。和貴はすぐに気絶から意識を半分覚醒させる。そして凛はそんな和貴の状態を確認した上で罵倒を浴びせ、和貴の身体を穿とうとした。
「戦場で気絶したらその瞬間、死んだと思え!!貴様は死人か!?そうでなければさっさと立て!!もう一度心臓を穿たれたいか!!」
和貴は意識朦朧の中、再び手に持った槍を構える。再び、凛が心臓にめがけて訓練用の槍で心臓を狙ったが、今度は直撃することはなく、当たることなく逸らすことが出来た。だが、和貴の喜びもつかの間、凛の蹴りによって脇腹を思いっきり蹴られる。
「ゴフッ!?」
めきめきと、骨が軋むような音が和貴の身体中に響き渡る。口からも血がこぼれ落ちた。肺に溜まっている空気も全て吐き出された。だが、凛の蹴りによって身体が吹き飛ばされることはなかった。
必死の思いで突きを放つが、容易く凛に槍を掴まれる。そして再び和貴に罵倒を浴びせる。
「なんだ!?その腑抜けた突きは!?私はそんなものを教えた覚えはない!!狙うなら頭、喉、心臓、足のどれかを狙えと言った筈だ!!貴様の頭は能無しの飾りかぁ!!!!」
和貴の髪を掴み、壁に向かって思いっきり投げられる。もう一度、和貴は気を失うが、そのたびに痛みによって凜に起こされた。その繰り返しを一時間続けられ、ようやく稽古が終了した。
「本日の稽古はこれで終了だ!!次に貴様の槍術を叩きこむ!!呼吸を整えたらさっさと立て!!」
和貴は意識が朦朧とした状態で槍を杖代わりに立ちあがった。その様子を見て凛は口角を上げ、槍の指導に入った。これが今の和貴の日常である。だが、これは凛が強制的にしているわけではない。和貴が望んでこの修行をしているのだ。
この日常が始まる二年前。和貴がこの基地に配属された時、突然和貴が目につけられた凛に攫われ、とある部屋に連れていかれたことからこの話が始まる。
「貴様は何故前線志望なんだ?お前の戦闘力でははっきり言って足手まといだ。それに対してお前の指揮能力は我々の中でもずば抜けている。理由を答えろ」
「私は基地にこもって椅子にふんぞり返って前線にいる仲間を指揮するのが嫌です。その為に、前線で指揮をするという役目をした「甘ったれるな!!!」
和貴はいきなり蹴られ、床に叩きつけられる。そして倒れている和貴の頭の上に凛は足を踏みつけた。
「今の蹴りをかわせない程度のカスが前線に出るだと?でしゃばるな!!戦場を舐めているのか!?戦う力がないカスはここで死ね!!なんならここで引導を渡してやる!!」
「前線のことを理解できずに指揮官なんてやってられるか!それを俺は学生時代の頃に体験している!!だからこそ、俺は前線に出てみんなを守る必要があるんだ!!」
和貴の言葉に凛は面白そうな表情を浮かべ、和貴に問いかけ始めた。
「今の言葉、貴様は『死んでもいい』と言いことだな?」
「でなければ、俺はここに来た意味がない!何も達成できないで生きるのはごめんだ!」
「・・・・・・・・・なるほど。この程度の脅しでは貴様の信念を砕くことはできないか」
凛は足をどけると、床に伏せたままの和貴に対して宣言した。
「貴様の覚悟、見させてもらった。その覚悟に免じてこの私自ら貴様を鍛えてやろう。光栄に思うがいい。天災の英雄『穿王』の一番弟子なんだからな。死ぬ気があるなら私の指導で死ぬがいい」
この出来事から、凛もとい穿王の死に物狂いの稽古が始まった。始めたての頃は何度も三途の川を見た和貴だったが、今では気絶するたびにその景色が日常のように思えてきた。
槍術の指導を終えた和貴は呼吸を乱している状態で凛に質問をした。
「そ、そう言えば・・・凛さんはその槍術は誰から教わったのですか?」
「稽古が終わった瞬間に喋れるとはな。私が手を抜きすぎたのか。あるいはゴミムシの体力が伸びたのか。まぁいい。私の槍術は我流だ。戦場で散歩しがてら、敵をサンドバックにしてたら勝手に身についた」
物騒なことを言っている凛は呼吸どころか汗が一滴も流していない状態で即答した。和貴は自分は死にかけているというのに、凛はいつもと変わらない状態であることに対してイラつきではなく、自分が未熟であるということを思い知らされる。
「雑談は終わりだ。せっかくだ。休憩がてら外の空気を吸ってこい。その後、指令室に戻れ。今日の仕事はまだたっぷりあるからな」
凛はそう言い残した後、トレーニングルームを後にした。和貴も全員が痛む体でトレーニングルームから出た。そして更衣室には同じ基地に派遣された同期の仲間である神崎有樹が待っていた。
「またボロボロになったのか。こんな稽古、よく二年も続けられるな」
「理雄達の経験差を埋めるにはこれが一番手っ取り早い。まぁ、そのおかげで三途の川の景色をスケッチできるようになったがな」
「笑えないぞそれ。せめて彼女を泣かせることだけはするなよ?」
有樹はタオルを和貴に投げ渡す。だが、あまりの筋肉痛で和貴は腕を上げることが出来なかった。そんなありさまに有樹は苦笑いしながらタオルを拾った。
「本当に大丈夫か?体中がひどい痣だらけだぞ?」
「ああ、あれでも手を抜いてるらしいしな。不思議なことに見た目以上に痛みが無いんだ」
和貴の身体は青い痣だらけでとても日常生活で生活できるような状態ではない。だが、それは見た目だけの話だ。実際は痣よりも凛の攻撃を捌くために筋肉を動かしたことによる筋肉痛が和貴の身体を痛めつけていた。その証拠に、和貴は自力で腕を上げることが出来ないのである。
「やり方は滅茶苦茶だけど、技術は本物さ。流石穿王と呼ばれる実力はある。いてて・・・」
「その状態だと証明になってないぞ。さて、俺の休憩はここまでだ。これ以上、ここで休んでいると俺まで穿たれちまう。じゃあ、お互い頑張ろうぜ」
そう言って有樹は自分の所属部隊に戻っていった。筋肉痛に耐え、着替え終わった和貴は基地の景色を見る為、外へ向かって行った。
基地の外に出ると、そこは十二月にも関わらず、温暖な気候によって気温は心地よかった。だが、その景色には崩れ去った建物以外に何もなかった。あるのは砂だけである。そしてこの基地の見た目は歴史上で作られた建築物、ピラミッドその物であった。
「全く、歴代天災の英雄ってのは変人ばかりなのか?」
この愚痴を聞いている者は誰一人としていない。だが、一つの着信音が鳴り響いた。ポケットから携帯電話を取り出し、和貴はそれが誰からの連絡かすぐに理解すると、その人物と通話し始めた。
「もしもし?俺だけど?」
『もしもし~。ボクだけど身体壊してない!?大丈夫!?』
電話の相手は和貴の恋人である柳瀬叶だった。叶の声を聞くたびに和貴の精神は段々回復していった。
「ああ、身体は大丈夫さ。今のところ、激しい戦いは始まってないし」
『そうなんだ。あ、そうそう!!今年入ってきたEXクラスでさ、また一人草部先生に目を付けられててさ・・・』
他愛無い雑談を電話で越しに和貴は叶と話す。今の環境で和貴を支えているのは、叶との電話だった。叶と電話している時、和貴は内心叶に感謝していた。
(ありがとうな叶。お前の声は本当に俺の精神に安らぎを与えてくれる)
和貴にとって至福ともいえる時間を過ごした後、休憩終了の時間がやってきた。
「そろそろ休憩が終わりそうだ。じゃあ、また明日の朝電話するよ」
『ボクが先に電話するの!!和貴君は電話してくるのを待ってて!!』
それで叶との会話は終わる。和貴は基地に戻ろうとした時、できれば仕事以外で出会いたくない人物に出会ってしまった。
「・・・・凛さん。一体何様です?」
「目的はお前と同じだ。心配するな。今日の稽古は終わりだ。それとも、まだ続けたいか?」
和貴は高速で首を横に振る。その様子を見て満足したのか、凛は口角を上げ、和貴との会話を続けた。
「そうか。私としては残念だな。・・・・・話は変わるが、先ほど電話していた相手は貴様の恋人か?」
「・・・凛さん。何故槍を俺に向けて質問しているのですか?これは脅迫ですか?」
「受け止め方はお前の自由だ。ちなみに返答は『はい』か『イエス』のどちらかだ」
「どっちも同じ意味じゃないですか!!!」
そろそろ凛がしびれを切らして本気で襲いかかってくる前に和貴は先ほど電話していた相手について正直に話した。すると、凛は槍を収め、基地へ戻っていった。和貴はその姿を見ていると、凛が大声で和貴に喝を入れ始めた。
「さっさと戻らんか和貴!!貴様は知らんが、この基地で恋愛はご法度に等しいぞ?私の口は重いが、なにかの拍子でうっかり滑らすかもしれん。そうなれば、全軍がお前に攻撃するかもしれないぞ?」
弱みを握られた和貴は急いでばねのように身体を起こし駆け足で指令室に戻っていった。その様子を楽しみながら凛はゆっくりと歩きながら和貴と同じく指令室に戻っていった。




