思い出
海魔族との闘いを終えた俺達は基地を後にして宿に戻っていた。あの草部先生が気を利かせたのか、修学旅行を一日だけ延期すると言ったのだ。その為、突然本来の日程が変わり空白の一日ができてしまったため、今日は何をしても自由というわけなのだが、俺はベットの上で寝転んでいた。
「はぁ、こっそり抜け出して遊びに行こうかな」
「ダメだよ和貴君。安静にしてろって草部先生から言われてるでしょう!?」
俺を看病兼監視をしている叶は俺の呟きに過剰に反応する。勿論冗談だ。これで動いて傷口が開いてしまったらシャレにならない。
幸いにも、あの龍神族の技量がよかったことと、倉沢署長の医療の腕がよかったことが幸いしてあと二日安静にしていれば治るということだそうだ。
「それにしてもみんな遅いね。一体どこで寄り道してるんだろう」
「お土産を買ってくるって言ってたんだ。大方雪花とアルが時間をかけているんだろう。そして荷物持ちは理雄と有樹っていう感じか?」
簡単に想像できてしまう組み合わせに俺と叶は笑ってしまう。いま宿にいるのは俺と叶の他に筋トレしている炎星だけだ。他のみんなは観光しにこの宿から離れている。草部先生は昨日あたりから殺気を垂れ流しながら「街中で幸せオーラを垂れ流しているリア充共をぶっ殺してくる」と言ってから帰ってこない。
理由はともかく、多分俺達に気を利かせて目立たないように離れたのだろう。いろいろな意味でこれが俺達の最後となる修学旅行だ。あの過酷な戦いは経験にはなったけれど、思い出としては楽しくないだろう。
「そう言えば、俺が気絶した後あの基地はどうなったんだ?」
「えっと、確か倉沢署長が誰かの墓参りに行っているらしいから小鹿さん?っていう人が基地の指揮を執っているらしいよ。それから炎帝さんも一応基地に滞在するって話だって。だからまた襲撃してきてもあれと同じ規模が来ない限りは大丈夫だよ」
それを聞いて安心した。あれだけ倒せばとりあえず同規模の襲撃をするには数年以上かかる。最も、それ以前に海魔族が全滅した可能性もあるが、万が一数体でも残っていれば可能性は否定できない。
「そうか・・・。叶、一つだけお願いしたいことがあるんだけどいいか?」
「外出したいっていう願い以外なら何でもいいよ」
「車椅子を借りてなら問題ないだろ?それぐらいは目を瞑ってくれ。それにみんなが楽しんでいるのに、俺だけベットで安静とか生殺しにもほどがある。」
叶はこの判断にどうしたらいいのか考え始めていた。この理由の半分は本当だ。精神が大人であれば甘んじてベットで安静しているが、生憎と俺は学生だ。観光できないという楽しみを奪われるわけにはいかないし、何よりみんなが羨ましい。
叶は考えに考えた後、叶は溜息を吐き呆れたかのように言い始めた。
「わかったよ。でも、ボクもついて行くからね。絶対に一人で行動はさせないからね」
心配しているのか呆れているのか。いや、きっと心配しているのだろう。俺は叶の妥協に感謝し、叶はロビーから車椅子を取りに一度部屋から出た。一人となった俺は今日何度目かわからないの部屋の天井を見た。皆は区切りがついているかわからないが、少なくとも俺は未だに区切りがついていなかった。
(そう言えば、あの槍がどこに行ったのか叶に聞けばよかったな)
戦いが終わった後に龍神族から突然刺された(あちらからにしては投げ渡したのだろう)あの槍は選別と言っていた。あの槍が一体どんなものかわからないが、一体何の意図があってそれを渡したのか俺には理解できなかった。
学校に戻ったら一度図書館に行くかと思った時、車椅子を持ってきた叶が部屋に入ってきた。
「お待たせ。あ、今頃気付いたんだけど、ボク和貴君を持ち上げるほど腕力が無いよ」
「いや、大丈夫だ。別に足が骨折してるわけじゃないからな。よいしょっと」
俺は布団から出ると、車椅子に座った。人生で初めて座ったが、座り心地は案外悪くなかった。叶が後ろから押し、俺は部屋から出た。半日ぶりに見る宿の廊下を懐かしく思いながらも俺は叶に話す。
「じゃあ、悪いけど早速行きたい場所があるんだ。そこまで歩いてくれないかな?」
「うんいいよ!!どこに行きたいの?」
こうして俺と叶の二人で街の中を探索し始めた。さて、最初はどこへ行こうか・・・。
皆が観光で楽しんでいる中、凍原悠は一人とある場所へ向かっていた。そこはかつて大いなるクトゥルフによって潰された家の瓦礫まみれの場所だった。立ち入り禁止と書いてあるテープを何の抵抗もなく、凍原をそれをくぐる。
その先を歩いて行くと、道はさらに瓦礫の海となっており、とても歩ける道ではなかった。だが、凍原はその道を行き慣れているかのように一回も躓くことなくとある建物の跡地に辿り着いた。
その建物は一見普通の一軒家だが、彼にとって見覚えがある建物である。その建物こそ、彼が幼少期の頃家族と共に住んでいた実家だった。
花瓶の中に買ってきた花をいれ、同じく買ってきた線香の先を火につける。そして彼が合掌した後、今は亡き家族に対して凍原は話し始めた。
「父さん、母さん。やっと仇を取ったよ。本当ならここで死ぬつもりだったけど、なんか大切な物ができちまった」
凍原はあの悲劇を思い出していた。海魔族に蹂躙される近隣の家、そして大いなるクトゥルフによって踏みつぶされる両親。そして全てが終わった後に復讐を誓ったあの日の出来事を。
「あの出来事の次の日に能力を開花してさ、あれほど早く能力を開花していればって嘆いた日もあったさ。でも、そのおかげで俺は早めに軍の協力者として戦場へ行くことができた。だけどその強大な能力は周囲を俺のことを化け物を見るような目つきに変わっていったんだ。その時、俺はあの怪物と同じになっちまったんだと思って自殺しようとしてたんだ。だけど、それを止めてくれた大切な友人がいた」
凍原達の指揮官である霊峰和貴を思い出し、一緒に作戦を行動していた時に言われた彼の言葉を両親に伝える。
「その友人がさ、俺の能力を見てこう言ったんだ。『綺麗な能力だな』って。俺は笑っちまったよ。今まで能力を使って言われた言葉が化け物しかなかったから。だから俺は安心したんだ。俺は怪物じゃなくて人間なんだって」
凍原は振り返り、この場から去ろうとして、最後に両親への言葉を残した。
「さよなら父さん、母さん。俺はこの先を生きていくよ。そして二度と俺みたいな子供を作らないために俺は戦うよ」
跡地から遠ざかっていく凍原はしばらくしてテープのところまで戻っていった。その彼の顔は涙を流していたが、その表情は何者かの拘束が解き放たれたように清々しかった。
「叶ありがとうな。おかげで見たかったところの大部分が見れた」
「いや、気にしないでよ。ボクも楽しかったし。日も沈んできたし、そろそろ宿に戻る?」
車椅子を押されている俺は叶と一緒に街の観光に満喫していた。色々なところへ遊びに行き、梶山さんや綾華にあげるお土産も買った。あと残る要件は一つだけとなった。
「あと一つ寄りたいところがあるんだ。問題ないかな?叶は時間大丈夫」
「場所に寄るけど問題ないよ。その寄りたいところってどこなの?」
叶の許可が取れたことを確認した後、俺はとある場所へ指した。叶は指した方向を理解するとすぐに行動し始めた。
向かった先は宿から歩いて十分程度の場所に存在する海岸だった。あの戦いが終わった後に俺はこの景色をもう一度見てみたいと思っていたのだ。
夕暮になった海岸に人気はなく、ここにいるのは俺と叶の二人だけだ。
「うわぁ・・・。すごくきれい・・・」
海岸線には夕日が沈みかけ、藍色のように染められた空には僅かな月の光と冬の大三角形をはじめとする数多の星々が輝いていた。
あの戦いではゆっくりとこの景色を見ることが出来なかったが、改めてこの景色を眺めるとあまりの美しさに俺は涙を流しそうになる。
「ああ、本当にきれいだ。俺はこれで満足だな」
「そうだね。ボクもこの景色を修学旅行の最後に見れて本当によかったよ」
夕日は完全に沈み、空のライトアップが始まる。星の輝きが目立ち始め、先ほどとは違った景色に変わっていく。そして俺は外出した理由の半分をやり遂げるべく、叶に話しかける。
「なぁ、叶。・・・・・その、お前は俺と一緒に行動して楽しいか?」
「え?もちろんだよ。いきなりどうしたの?」
「・・・・・・はぁ~。少し深呼吸させてくれ。その後叶に言いたいことがある」
「・・・・・うん。いいよ。ボクは和貴君の言うその言葉を待つよ。だから、一度深呼吸してからその言葉を言って欲しいな」
こんな時に限ってヘタレになる俺が非常に腹が立った。察しのいい叶は俺が何を言いたいのか既に理解した様だった。どうやら俺と叶の考えている言葉は同じらしい。根拠はないし証拠もない。叶の考えていることは普通ならわからない。だが、この時だけは理解できた。
深呼吸し、そして俺は叶に告げる大切な言葉を伝え始めた。
「叶。俺は叶と初めて出会ったときは鬱陶しい奴だなって思ってた。勿論、叶のアプローチは知ってたさ。だから俺は適当にあしらっていれば勝手に諦めてくれるだろうとそう思ってた」
初めて出会った時の思い出から今日までの思い出を俺は叶に語る。叶は無言でその話を聞いている。俺は話を続きを話す。
「だけど、叶は諦めなかった。そして俺はそんな叶に惹かれていった。だから叶、俺と一緒にいるのが楽しい・・・。いや、この言い方は違うな。俺が叶と一緒にいたい。だから俺と「てめぇら一体に何いい雰囲気を出してるんだ?」!?」
せっかくいい雰囲気を台無しにして現れたのは草部先生だった。だがいつもの草部先生ではない。その目は海魔族に向けた殺気よりも鋭く、そして既に抜刀されている草部先生の得物から放つ鈍色の光が俺の心臓を抉ろうとしていた。
見事台無しにしたこの教師は殺気を俺に刀の切っ先を向け始めた。
「選べ。俺に斬られるか俺に刺されるか。せめてもの情けで痛みを十倍にして叩き潰してやる」
「ちょっと待ってください先生!?まずその刀を「うるせぇ!!さっきから幸せそうなオーラ漂わせやがって!!リア充共は死ね!!今新たなリア充が完成させる前に俺があの世へ送ってやる」
理屈も偏屈もない。ただの暴走と言っても過言ではない。返答次第では草部先生は間違いなく俺を切り殺そうとするだろう。
何故ここまで草部が恋愛を禁止しているかわからないが、少なくとも今の状況はまずい。ここは何とかやり過ごすしかないだろう。
「・・・あの~。そろそろ宿に帰らないといけない時間ですよ先生。それにボクは和貴君の付き人としてきただけです。別に先生が考えるようなことにはなってないような気がしますが・・・」
叶の正論に草部先生は沈黙する。しばらくして殺気が収まり、刀を鞘に納め始めた。
「チッ、叶に助けられたな和貴。まぁ、今日のところは見逃してやる。だが、今度その現場を見かけたら問答無用で叩き切ってやる・・・」
捨て台詞を吐き、草部先生は愚痴をいつまでもこぼしながら宿へ戻っていった。俺と叶は草部先生の姿が完全に消えることを確認した後、互いに溜息を吐いた。
「あ、危なかった・・・。危うく草部に病院送りにされるところだった。何であいつはこういう場所に突然現れるんだ?」
「さぁ?もしかしたら草部先生の能力かあるいは直感じゃない?」
叶の意見には一理あった。能力ではないと確信を持っていえるが、あの直感だけは恐らく類まれなる才能だろう。特にリア充撲滅作業ということに関しては最大限に発揮する力だろう。
「いい雰囲気が台無しだな。話を続けてたら、今度こそ草部先に殺されるかもしれないから帰るとするか」
「・・・はぁ、うん。そうだね・・・」
叶は俺から言うべき言葉を聞くことが出来ずに不満を垂れ流していた。その気持ちはわかる。俺だってこの気持ちを伝えたいのだ。だが、それは言葉を使って表現をしないといけないわけではない。
「叶、ちょっとこっちに来てくれないか?」
「別にいいけど、あまり長い時間をかけたらまた草部先生に見つかるよ?」
そんなことは分かっている。だからこれから行う行動は刹那の単位で行わなければならない。そしてそのタイミングは既に理解している。叶が俺の方に顔を向けたと同時に、少しだけ車椅子から体を浮かし、両手は叶の顔を押さえた。そして動揺している叶の顔を見て俺は一瞬だけ見惚れた。
その赤い目は俺が今ま出会った人達と比較するまでもなく澄んでいて、純白の髪は雪のように白く今日見た星空よりも美しかった。
そして何より俺が彼女に惹かれたのはその精神だ。鋼のような強さを持ちながらも、何か起これば儚く折れてしまうカノジョの精神を守りたいと思った。
そのことを考えながら俺は叶にキスをするという形で彼女が好きであるということを証明した。刹那で済ますつもりだったが、叶とキスをしている時間はあまりにも長く感じた。叶からの抵抗はない。むしろ、この行為を受け止めていた。
体感時間が五分と思われた時間もすぐに終わりを告げた。俺も叶もこの後何を言えばいいのか分からなかったが、草部先生に言われたことを思い出して宿にも戻ろうとした。
「じゃ、じゃあ戻るか・・・」
「ちょっとだけ耳を貸して」
車椅子に座った俺の耳元に囁くように叶は俺に伝えるその言葉を言い始めた。
「ボクは和貴君のことがあった時から好きでした。だから、これからもよろしくお願いします」
叶の小声は小さいけれど俺に耳に届くには充分すぎるほどに聞こえていた。今度こそ、宿に戻ろうとする俺と叶はお互いのこの表情をどうやって隠すか考え始めていた。
次の日、和貴達がチェックアウトを済ました後、富山基地は大きな混乱に訪れていた。その原因はただ一つ、この基地の署長である倉澤が戻ってこないからだ。
基地にいる全ての人員が探索しているが、それでも見つかる気配がしなかった。
「全く、あの馬鹿は一体どこへ行ったんだか・・・」
「そう言わないでください炎帝殿。倉澤署長はきっと理由があっていなくなったのです。だから必ず戻ってきますって」
「だからこそだ。あの狂人は性格こそ捻くれていたが、職務には全うしていた。だからいきなりいなくなることがおかしいんだ」
廊下で倉澤について話す二人、炎帝と小鹿はそう言いつつも倉澤が行きそうな場所を考えていた。彼が狂い始めたのもあの大いなるクトゥルフが現れた時からだ。それからは長い付き合いであった炎帝も草部も予測不能の人物となっている。
「・・・そういえば、一つだけ調べていない場所があります」
「ん!?一体どこだ。基地の中は探し回ったはずだが?」
「基地の中ではありません。基地外です。いるとしたらあの場所にしか考えられません。私についてきてください」
小鹿の案内の元、炎帝は彼について行く。炎帝は一体どこへ向かっているのか分からなかった。想像できなかったのだ。狂人と化した倉澤が外出するなど考えてもいなかったからだ。
小鹿の案内によって連れてきたのはとある墓地だった。炎帝は僅かな記憶をたどり、この場所にどのような意味を含んでいるのか思い出した。
「そうか、この場所はあの事件で起きた被害者の墓場か」
「その通りです。最も、埋葬されたのは見つかった人達ですが・・・」
小鹿はその先の言おうとした時、彼らの目的が達成しそうになった。倉澤はその場にしゃがんでいたのだ。炎帝はほっとして、いつものように倉澤に話しかけようとした。
「おい、倉澤。一体何をやって・・・・・・」
そこで炎帝の言葉は途絶えた。小鹿は理由が分からなかったが、倉澤に近づくことで彼も理解したのだ。いつかわからないが、倉澤はこの場で眠っていたのだ。
「え、炎帝殿。これは・・・・」
「皆に知らせろ。手厚く埋葬するぞ」
小鹿は走ってこの場を後にした。炎帝は倉澤の隣に座り、無言となった相手に対して話し始めた。
「なぁ、倉澤。お前が逝っちまったら、一体誰が俺と草部の喧嘩を止めるんだよ・・・。全く、死に際に正気を取り戻しやがって。お前の家族でも夢見たか?」
炎帝が言った言葉はそれだけだった。これ以上彼に話すのは無意味だと悟ったからだ。その証拠に、倉澤の表情は眠りながらも微笑んでいた。
これで二章は終了です。しばらくの間、文章を訂正します。三章をどうかお待ちください。
「戦場とはここまで暇だったっけ?」
「久しぶりだな有樹。もう二年経つのか」
「ここが貴様ら人間の死地だ。腹を決めろ」
「・・・・ドウシ・・・ヨ・・・」




