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女大王、皇極天皇(2)


「はは、お前は作法を覚えたほうが良いだろう。それは私が教えよう」


◇


 こうして空いた時間ができると、大海人(おおあま)皇子は倉を覗きに来るようになった。言葉をいくらか交わすうちに、皇子様は眉を顰めて私に呆れた。


「お前、今までよくその無作法な物言いで部屋子が務まったな?」

「部屋子は口をききませんので」

「はは、確かに」


 私はその日、皇子様に読み聞かせてあげようと思う漢詩を倉の中で物色しながら言い訳をする。


「我が家は領地ではいちばん偉かったので。これでもなんとかなりました」

「そうであるな、飛鳥には尊き方々が集まり過ぎる」


 自身がその尊き方々の上澄みであるのに、まるで他人事のように言う。不思議だった。この皇子様はときに俯瞰した所感を述べる。まるで天から眺めているかのように。


「でも、うっかり口を開いたらこんなことになって。今では書を読んでいるだけで報奨がもらえます。あの時、差し出がましいことをして良かったです」


 そういうと皇子様は弾けるように笑った。慣れてくるとよくお笑いになる皇子様だった。


「お前は大王(おおきみ)に気に入られていて良いな」

「そうですか?」

「常のことなら身勝手に話しかけては暇(いとま)だよ」


 そういうものか、でも暇を与えられてもべつに良かった。地方の王(おおきみ)である父に命じられ、その顔を立てるために出仕したが、飛鳥は人もしきたりも多くて窮屈だった。


 ふと先ほどの言いぶりが気になって訊ねる。


「皇子様は大王に気に入られていないのですか」

「ああ、おそらくは」

「なぜそう思うのです」

「大王はいつも大兄の話ばかりである」

「そんなものは皇太子様だからではないですか」

「うん、まあ」


 皇子様はあまり納得がいっていないご様子だ。


「それに私には冷たい気がする」

「どんなふうに」

「大兄にはたおやかな母であるが。私に接する時はまるで男のようだ」


 それはむしろ素の大王の姿ではないかと思うけれど、皇太子様によそいきの振る舞いであると知り、それには引っ掛かかりを覚えたので、こちらからは何も言わない。

 私は話の矛先を変える。


「大王が皇太子様を気にかけていると思われるなら、皇太子様を日々お助けすれば、皇子様も大王に気に入られるのではないですか」

「そうか、そうだな、努めてみよう」


 皇子様は書を吟味する私の横に立つ。


「よい助言をもらい受けた」

 そう言って、皇子様は微笑んだ。



◇



 はじめに大王は私のみを呼び出した。


気楽な集団お世話係の頃とは異なり、巫女として参上したので、今日の私は着飾っている。本殿の間で私はひれ伏す。奥まった御簾の向こう側には大王がおわせられる。


「久しいな」

「はい」


「顔を上げよ」

「はい」


 御簾が少しばかり揺れる。大王が私を覗いたようだ。


「なかなか美しいではないか」

「もったいないことでございます」


「大海人(おおあま)のことである」

「はい」

「どうなのだ」


 私は海人様に答えたのと同じ言葉を繰り返す。


「思う(愛する)人にございます」

「ふうん」


 大王はそっけなく答えたが、顔が見えずとも、その声の高低、抑揚、間髪のなさから、心底愉快そうにしているのがわかる。私だって3年近く大王の周りをうろちょろしていただけはある。それに大王は気が乗らないとご自分では返事をしない。


「葛城(かつらぎ)と面したことは?」

「どなたであるか存じ上げません」

「われの大兄皇子(あとつぎ)の諱(いみな)である」

「恐れ多いことでございます。その名を耳にするのをお許しください」


 大王はなぜ皇太子様の諱を伝えてきたのか。その打ち明けは余計に思えた。


「名も知らぬとは可哀想にの」


 可哀想なのは私だろうか。今をときめく皇太子様に名も伝えてもらってないなんて。宮女のくせに。そう言うことだろうか。大王の含みのある言葉を頭の中で解こうとするが、しかしすぐに話は流れた。


 次に大王は大海人皇子も呼び出した。



本編外補足)

王も大王も、読みは「おおきみ」となります。

四代先の天武朝以降に、天皇の呼称が生まれますが、理解が深まる箇所についてはその前から天皇呼び、皇子呼びを採用しています。

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