女大王、皇極天皇(1)
すみません、時系列を修正しています。
大王が本殿に私をお呼びになった。乙巳の変の翌日のことであった。
皇極朝として女大王がお立ちになった頃、私はまだ齢低く、出仕してお近くで細々としたお世話を差し上げていた。皇子と皇女では宮廷教育がずいぶん異なっていたらしく、改めて学問をされる大王のお側で漢詩漢籍に触れられる機会が多くあったのは僥倖だった。私はかねてから学問に憧れていた。すました顔で、持ち場に立ちながら、頭の中では学師の言葉を何度も反芻していく。だいたいのことは盗み聞きで覚えた。
大王がお答えに悩まれたとき、ふと助け舟を出した。それが契機となり、なんと私にも学師より学問を受けることが叶った。
その待遇を妬かれて、同じ部屋付きの宮女たちから些細な悪戯をされることが日々増えたが、漢学儒学を学べることに比べれば大したことではなかった。だから特に誰にも告げずに破れた内着やずいぶん少ない朝餉で毎日をやり過ごした。
しかしある時、妬み子が隠しうち捨てた私の古筆が、実は大王からの下賜の品だったと明るみになり、宮中は大騒ぎとなる。
本当には「毛が穂花のようじゃの。もうこれは使えぬ。捨てておけ」と始末を頼まれた小筆であったが、後でやろうと忘れていただけだ。捨てる時には宮紋を剥がさなければならず面倒だったから。
大王は「よい機である」などと仰せになって、皆の前でよよと伏せてみせ、重くその顛末を悲しまれた。こういうところは海人様との血の繋がりを感じる。
そうして、他の者と居を分けるための方便として、巫女、という建て付けを賜った。
嫌がらせに泣き言ひとつ漏らさず顔曇らせず心映えが大層良いだとか、漢詩はこの者が覚えたのではなく神の声の代弁であったとかのでっち上げを、皆が「さもありなん、あの者は巫女であったか」と感心して頷いた。
ひとり部屋を授かり、食事は欠けず、雑事が無くなった。自由な時間も増え、私はとりあえず倉にあった書を全部読んだ。
ちょうど倉に篭り始めた頃「大王が誉めそやすはお前か?」と声をかけてきたのが大海人皇子であった。
声のほうに顔を向けると、背に陽の光を背負い、人影が、薄暗い倉の中を覗き込んでいる。
戸口に立つ少年はずいぶん背が高く、はじめ警備の者かと思ったが、衣は皇族にのみ許された色だった。衣色の決め事は、かの厩戸皇子とその代の女大王が定めた。あれ以来、位違いをしてお叱りを受けることがほとんど無くなったそうで、宮女の間では「じつに助かる」と評判であった。
お召し物から大王のどちらかの皇子様と思い至ったが、はてどちらだろうか。背が高いので上の君かと考えたが、艶やかな髪が童結びで、同じくらいの年頃だとわかる。下の君のほうだ。顔立ち全体はまだ幼げだが、大人びた切れ長の目が爛々と浮いていた。
「巫女でありながら祭事に姿を見せず、このような場所でうつつを抜かしているとは」
鋭い眼光で咎められ、すかさず口を開いて弁明をする。
「私は巫女ではありません」
巫女でないなら何だと問い詰められるかと思いきや、下の君は意外な返しをみせた。
「いい声だの」
「そうですか」
「うん」
急に褒められて面食らい、毒にも薬にもならぬ返答をしたが、この皇子の目はどうも底恐ろしいので、お前は何者かと問われる前に、急いで自ら名乗り出る。
「ただの部屋子でございます、漢詩の読める」
ふっと切れ長の目に敬意が浮かぶ。
「ほう読めるのか、女であるのに立派だな」
「大王も読めますよ」
「そうだな、女であるのに、は余計だった」
私はおや?と思った。女に詫びる男は飛鳥宮で珍しかった。
まれに大王に対してですら不遜な態度を取る者がいる。けれど大王は「言わせておけ」と平気な顔をして、外ではか弱い線の細い女大王を演じていらっしゃる。
皇子様は倉に一歩踏み込むと、手近にあった面置きの書をひとつ手に取り、ぱらりぱらりと紙をめくり始めた。
「私は漢詩が苦手なのだ。読んでくれるか。そちらの声で聞きたい」
「はい。どうせ読むのでいいですよ」
「はは、お前は作法を覚えたほうが良いだろう。それは私が教えよう」




