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譲位、改元、新元号は大化へ


 乙巳(いっし)の変から7日後、新元号が世に伝えられた。新しい号は大化(たいか)という。


 新大王(おおきみ)、皇祖母(すめみおや)様、皇太子様が、槻(つき)の大木の元に臣下を集め、神に世の秩序を守ることを誓い、臣下には二心を持たないことを誓わせた、らしい。


 らしいというのも、本日は祭事と言えば祭事だが、今回は血が流れるやもしれぬから出なくて良い、と皇祖母様からのお言葉があった。よほど高位の方を除き女人は出席していない。時折り式から下がってくるご配下が、人伝に聞いた様子を知らせてくる。

 海人様は、いち臣下としての参加であったが、何か悪いことに巻き込まれないか心配だった。皇祖母様の宮で、次に続く宴席の手伝いなどをしながら、安否を気にしてずっとそわそわと落ち着かない。


 蘇我氏は此度のことに一族として抗議をするかどうか密談を重ねていたらしい。権力強大であった蘇我蝦夷様の亡き今、残された中に強い先導者はおらず、一族の内部でも意見は割れに割れて、一枚岩ではないようだった。


 ときどき宮に呼び出して、このような諜報から得た話を、皇祖母様はぺらぺらと私にお語りになった。


「そのお話、大海人(おおあま)皇子には秘匿すべきでしょうか」

「任せる」


 任せられても困る。判断がつかないので、ひとまずは心の内に溜めておくことにする。



 今朝、皆々様が出払ってから一刻が過ぎた頃、反乱もなく無事に改元の儀が行われたとの一報が入った。私は胸を撫で下ろす。

 海人様はこの後どうされるだろうかと気を揉んでいると、皇祖母様の宮女からの言伝があり、小殿で待機するように仰せつかった。


 教えられた小殿の間に入ると一人の男が低くひれ伏している。


「父上」


 顔を上げた男は少し緊張を緩める。


「なんだお前か」

「お久しくございます」

「ああ変わりはないか」


 変わりはないか。

 元気にしているか、くらいのさして意味もない声かけであろうが、出仕した日から比べて私はだいぶ変わった。ついには皇子様と結ばれる約束をしたのだから。


「はい。いらしていたのですね」

「それはそうだろう。顔を見せなかった者は……まあこの話はよい。知らせは聞いておる。お前、三の君、ああいや今は二の君であるか、どうしてまたそのような尊いお方と」

「さあ。私のことが好きなのだそうです」

「なんと物好きな」


 実の父であるのに、ひどい言いようであった。


「鏡の地を継げず申し訳ございませぬ。跡目はどうなされますか」

「それは気にせずとも。せっかくお前が尊き方と縁づいたのだ。跡目は今からつくるよ」

「まあ、まあ、まあ!」


 自分で言うのもなんだが、この親にしてこの子あり。父上も人並みの大王(おおきみ)と比べて奔放な性質があった。私は父にも似たのだろう。


「妻も新たに迎えようと思う」

「それはめでたきこと」


 おかしなものだった。海人様が皇女をお迎えになるのはこれほど胸が痛むのに。

 父上が新しく妻をお迎えなさろうとすることに違和はなく、むしろ家の繁栄を嬉しく思う。どうしてだろう。私にも、個より家を重んじる王(おおきみ)の血が流れているということか。

 そう考えれば、皇祖母様には家ではなく国の血が流れているということだ。国のために良きことをする。そのひとつが皇子には皇女を迎えさせること。それも複数。


「今お預かりしている姫王がおられるからその伝(つて)も辿ろう」

「それは心強いことです」


 そんなふうに、和気あいあいとした親子対面に弾んでいると、皇祖母様がお成りになった。父上は再び地に這うようにひれ伏した。


「久しいの。楽にせい」

「は」


 皇祖母様と父上は遠戚である。ただし海人様も言っていたように、飛鳥で5代も遡れば、ほとんどの相手がなんらかで同じ祖を持つ。誰もが遠戚のようなものだった。

 父は名乗りと祝賀を述べてひと息つく。それを見計らって皇祖母様がおっしゃった。


「ときに先ほどの、外まで聞こえたぞ。妻を迎えるのか」

「は」


 嘘だ。きっと皇祖母様は、次の間で密かに盗み聞きをしていたに違いない。この小殿は二重に扉が組まれていて、そうそう中の声など外からは聞こえない。

 ああしまった、海人様のことを聞かれて『私のことが好きなのだそうです』などと言ってしまった。これはいたく恥ずかしい。


「間に入ろう。夫(つま)を探している皇女(ひめ)がいる」

「は。ありがたくお手間賜ります」

「ん」


 なんということだ。鏡王(ちちうえ)の新しい妻を皇祖母様がお探しになる段取りになってしまった。これは相手が誰でも断れぬ。高貴なお方であろうから、今いる妃の地位も交代になる。


「身構えずとも良い。なあに、さる御方の胤(たね)である」


 皇祖母様はにこやかに笑ったが、どなたか知らぬが高貴な御方の、訳ありの落とし胤など身構える要素しかなかった。



本編外小話)


史書ではなく伝承となりますが、鏡王が壬申の乱で大海人皇子についた言い伝えがありました。であれば額田も大海人皇子の陣にいる可能性が高くなります。

真偽は定かでなくとも、こうあって欲しいという土地の人たちの願いですから、こういうエピソードは積極的に拾っていきたいと思いました。

ということで鏡の大王登場です。また、あの方(鏡王女)の扱いをどうしようかというのもあって、その辺りは創作の幅として含みを持たせています。


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