遷都、新大王の命により(2)
「さき、話は済んだか」
戻り道で海人様に声をかけられる。本殿から外へ、私を誘導していた宮女が一礼をして離れていく。
皇祖母様に呼ばれたのを案じてお近くで待機されていたようだ。
「何の話であったか」
「遷都にかかるものでした」
「そうか、おれも数刻前に聞き知った」
「あの私は」
「心配ない。ともに連れていく」
そう言って木札を見せた。
滑り込んで得た結婚の許しの証明を、海人様は大事そうに懐に隠し持ち歩いていたようだ。私は少しほっとして気掛かりを訊ねる。
「皇太子様はお子が生まれてから移られるのでしょうか」
海人様は少し変な顔をした。
「大兄の子はもう生まれている」
「そうなのですか」
「ああ。すでに皇女が一人いる。そして今年生まれた二人目も皇女であった」
私はまさかこの生まれたての赤子が、海人様の皇后になるとも知らず、無事の誕生に安堵した。
ということは、大王の条件は男の皇子が生まれたら結婚を許すという意図だったのか。結婚の話は来年より先になりそうで、私は少しだけ肩を落とす。
「いいや、皇子か皇女かの性は問わぬ。皇祖母様はそのような方ではない。だが別の事情がある。この後も変の後始末は続く。落ち着いた頃に新しき年号で、良いように計らって皇女としてお披露目される。それまでしばし待たれよ」
海人様は私に顔を近づけた。口を吸われるかと頬を染めて身構えたが、海人様の唇は口を逸れて耳元に向かう。密やかに耳打ちされた。
「どちらの皇女も蘇我の娘が女親である」
無事に一月を超えれば。大王の仰せになった、その意味が少しばかり変わってきた。
「蘇我一族が奇しき反乱など起こさず静かにやり過ごせば、皇女は生まれる。そういうことだ」
それから、昨日に蘇我蝦夷様が自害なされたこと、本日に古人大兄皇子がご出家されたことを聞かされた。
古人大兄皇子は皇祖母様の夫であった先の大王と蘇我蝦夷様の妹君との間の子である。古人の君と、あの御首の入鹿様は従兄弟にあたる。
従兄弟が首を刎ねられた本殿に、おいそれと参られまい。それに今や後見となる蝦夷様も世にいない。
そもそも古人大兄皇子という通名がまずかった。これは中大兄皇子よりも格上であることを主張している。
大兄という言葉には、母を同じくする兄弟の中での年長者、つまりは家を継ぐ者の意がある。異母男子が2人いれば、大兄も都合2人となる。
呼び分けるために片方を古人大兄、片方を中大兄としたが、中大兄皇子は面白くなかったろう。
だがその古人様も、すばやく飛鳥寺で剃髪し袈裟を被った。もうこれ以上、蘇我氏の火種はないように思えたが、私が想像するよりもずっと宮中は悪意に満ちていて、皇太子様は劇薬のように恐ろしい方であった。




