第92話 決戦のとき
そうして本日のメインイベントが始まる。
このときのために愛ちゃんが用意してくれた衣装を身にまとい、花道を進んでいく。
衣装の背中には、私をサポートしてくれている企業のロゴが6つ付けられている。
トギシさんに勝ってから、有名になりスポンサーが一気に増えたのだ。
前回の試合ではファイトマネーもたくさんもらえた。
でもそんなことより、私の実力を証明できたこと、それになにより、アスカちゃんとこうしてタイトルマッチができることのほうが嬉しい。
不思議なデザインの衣装だった。
愛ちゃんのデザインが悪いというわけじゃない。
青いフード付きのガウンで浮世絵のような何やら動物の後ろ姿が描かれており、頭が見切れているのだ。
しかも鷹の頭だけが端っこにあるのだ。こちらも浮世絵のような画風だ。
どういう意味があるのか、愛ちゃんに聞いてみたけれど、当日のお楽しみと言われたのだった。
「ヒナ、がんばれー!」
「勝っちゃいなさい!」
最前列から声がした。
父と母だ。
私は、大きな声でありがとうと言って手を振った。
「二人ともがんば~!」
愛ちゃんだ。私とアスカちゃん二人の味方だ。
私は愛ちゃんに向かって拳を上げた。
「ブレイブカウ、ブレイブカウ!」
「ヒナ、がんばれ! 下剋上じゃ~!」
トギシ戦以来、一気に増えた私のファンが声援を送ってくれている。
みんなの応援が力になるってよく聞くけど、本当だった。
プレッシャーよりも気分の高揚のほうが勝った。
私はリングに上がると青コーナーに移動した。
つづいて王者アスカちゃんの登場だ。
ゆっくりとした足取りで、花道を歩いていく。
「神童! 神童!」
「見せつけてやれ! チャンピオン!」
アスカちゃんへの大きな声援が会場に響き渡る。
すごい人気だ。
赤いフード付きのガウンでこれまた浮世絵の鷹の頭より下が描かれていた。
さらに牛の頭まで。
アスカちゃんの衣装を見て、私は愛ちゃんの真意をくみ取ることができた。
鷹と牛が対峙している絵柄だったのだ。
飛鳥VSブレイブカウ。
絵の意図を伝えやすくするために、会場にある大きなスクリーンには、二つの絵を重ね合わせた絵柄の拡大画像が映し出された。
スクリーンの絵をまじまじと見ると、デザインの精巧さとコンセプトの見事さをあらためて感じた。
二つの衣装を合わせて一つになる。
どちらかが欠けていても絵柄が完成しない。
なんというか、言うのは若干恥ずかしいけど、私とアスカちゃんみたいだ。
さすがは愛ちゃんだと思った。
アスカちゃんはガウンを脱ぎ、ボディチェックを受けると、リングに颯爽と上がってきた。赤コーナーだ。
私たちがリングに入ってしばらくして、『君が代』の国歌斉唱を日本の有名なオペラ歌手が歌った。
私も邪魔にならない程度にいっしょに歌っていたが、アスカちゃんは口を閉じたままだった。
アスカちゃんがチャンピオンベルトを原田代表に渡した。
まもなく試合が始まる。
私とアスカちゃんはまっすぐに互いを見つめ合った。
ようやくここまで来た。
アスカちゃんの隣に立てた。
でもまだだ。
まだ満足しちゃいけない。
勝つんだ。勝つ。アスカちゃんに勝つ。
対するアスカちゃんの瞳もギラギラしていた。
何やら重い覚悟を背負っているかのように。
レフェリーからルールの簡単な説明を受け、クリーンファイトを心がけるよう、念を押された。
そうして試合開始となった。
軽くグローブタッチしてから、距離をおいた。
まばゆいライトの下、私とアスカちゃんがいま対峙する。
アスカちゃんは目を大きく見開き、こちらをじっと見ている。
私もまじまじと見つめ、アスカちゃんから目をそらさなかった。
見える。
アスカちゃんの長いまつ毛。
その奥にある瞳からは闘気の色も感情もかいま見える。
お互い左足前の構え、いわゆるオーソドックスから始まった。
私が距離を詰めたら、アスカちゃんが離れ、逆にアスカちゃんが離れたら、私が近づく。
いま、アスカちゃんと私は距離を測り合っている。
距離感がつかめた。
先手必勝!
アスカちゃんの左足にカーフキックを蹴った。
すねを外に向けて防がれる。
痛いけど、顔に出さないようにした。
痛いだけだ。
ローキックを警戒しつつ、私はジャブを打ちつつ、近づく。
右ストレート、を放とうとしたところで、右肩に衝撃が走った。
左ミドルだ。
肩口を狙った蹴りは掴みづらい。
パンチの得意な選手にこれを用いることで、パンチを出しにくくさせるという戦術もある。
私は下がらず前に出て、フックの連打を試みる。
アスカちゃんも応戦する。
顔すれすれで、互いの拳が空を切る。
パンチの交換の末、アスカちゃんの左フックが顎をかすめた。
私の想像以上にアスカちゃんの打撃技術はすごかった。
ボクシングの世界王者のもとへ出稽古に行っているだけのことはある。
直撃していたら1発で終わっていたかもしれない。
私は一旦距離をおこうとした。
ここから体勢を立て直して……。
あれ?
いつの間にかアスカちゃんの膝まで、視界が下がっていた。
レフェリーが心配そうにこちらを見つめている。
ダウンを奪われたのだ。
いけない!
止められてしまう。すぐに立たないと。
でも、足に力が入らない。脳を揺らされたのだ。
アスカちゃんは待ってくれず、そのまま飛びかかってきた。




