第91話 ライバルたちの闘い
第6試合、私は控室の画面からじっと見つめていた。
誠心道場の面々だけでなく、他のジムの選手たちも見入っていた。
そのなかにはセイラさんもいた。
画面の向こうでは麗艶さんがリングに上がっている。
アスカちゃんとの試合で敗れてからの復帰戦。
何が何で勝ちに行きたいだろう。
切れ長の目には気迫がこもっており、真剣な顔つきをしていた。
私はセイラさんに話しかけた。
「麗艶さん、調子よさそうだね」
セイラさんはイエスと答えた。
「必ずレイエンさん、勝ちまーす。一応、不倫のトラブルは解決してますから、心置きなく練習に専念できたです。ただ、木村は手ごわいです」
木村久美選手は女子ストロー級4位の実力者だ。
アスカちゃんに敗れてはいるものの、その後2勝している。
もっともそれ以前から注目を浴びていた選手だった。
レスリングのオリンピック銀メダリストだったからだ。
素早いタックルと、一度上をとったら逃げられないといわれる強力な抑え込みが持ち味だ。
リングの上で互いが対峙する。
やはりストロー級では、麗艶さんは大きい部類に入る。
でも木村選手も背は麗艶さんより低いものの、横幅はがっちりしており、見劣りはしなかった。
試合開始!
木村選手はじっとして動かない。
レスラーだけど、打撃のパワーもある。
対する麗艶さんはじりじりと近寄りつつ、遠い間合いからカーフキックを一発蹴った。
鞭がはじけるような音が会場に響く。
見る見る木村選手の足が赤くなっていった。
それでも木村選手はじっと耐え、何かを狙っている。
麗艶さんがもう一発カーフを打とうとしたところ、顔面にかぶせるようなパンチを打ち込まれた。
右のオーバーハンドだ。
麗艶さんはダウンした。
「バランスを崩しただけだと思う。ただこれでカーフが蹴りづらくなったかもしれない」
木村選手は寝技にはいかず、再びスタンドで仕切り直しだ。
セイラさんが作戦を説明してくれた。
「木村は、アスカさんとの闘いでタックルのほとんどを切られて最後に右フックでノックアウトされてます。ただ、アスカさんとレイエンさんファイトスタイル違う。同じことできない。レイエンさんの武器はグラウンドの巧さ。たぶん木村はレイエンさんの寝技を警戒してタックルに来ないです」
麗艶さんは長い距離からミドルキックを放った。
木村さんはそれを腕でブロックした。
「掴まれて寝技に引きずり込まれるリスクを無視して蹴って蹴って蹴りまくる。これがレイエンさんの作戦でーす」
「たしかに相手がタックルに来ないなら、警戒せずに打撃でガンガン行けるからね」
セイラさんは余裕のない表情で言う。
「ただ木村、パワーある。油断禁物です」
木村選手がドタドタとしたフットワークで前進し、ブンブンとフックを振り回してきた。
一発当たればOKというラフな戦術だ。
麗艶さんも前蹴りで距離をとったり、フックの出だしにジャブを合わせたり、近づかせないようにしたけれど、何発かのうち一発は被弾した。
ダウンはしなかったものの、一瞬ぐらついた。
その様子をセイラさんは苦しそうな顔を浮かべている。
「木村のフック、厄介です」
私は試合映像を観つつ、言った。
「なかなか蹴りの距離にさせてもらえなくなったね」
かといってレスリングの強豪からタックルで上をとるのは難しい。
レスラーは投げのスペシャリスト。
当然ながら投げに対する防御の技術もしっかりとしている。
でも、このままじゃ。
麗艶さんに、大ぶりのパンチがいつか当たり、大の字に倒れる場面を連想してしまった。
再び蹴りを放つ麗艶さん。
そして距離をつぶしてフックをブンブン振り回す木村選手。
木村選手がとどめを刺しに来た。
顎めがけて、肩を入れた渾身のフック。
そのとき、フックの流れを断ち切りような一閃が場内を沸かせた。
麗艶さんが木村選手の顔面めがけて膝蹴りを放ったのだ。
さらに、後退しようとする木村選手の後頭部を、麗艶さんが両手で掴んだ。
首相撲だ。
腕や身体の巧みな操作で、木村選手を前かがみにさせると、顔面、腹部に、膝の連打を叩きこんだ。
セイラさんは勝ち誇ったように言う。
「首相撲なら麗艶さんも負けてませーん」
木村選手、うずくまった体勢のまま、襲いかかってくる膝を掴んだ。
そしてタックルを仕掛けた。
膝蹴りを回避するための苦し紛れのタックルだろう。
それを見逃す麗艶さんではなかった。
上をとられた麗艶さんだけど、両腕で木村選手の首をがっちり捕らえていたのだ。
ギロチンチョーク。
足で胴体もしっかりロックしており、逃れられそうにない。
しばらくして木村選手はタップした。
「ブラボー! さすが私のティーチャーです!」
セイラさんは嬉しさのあまり、バンザイしている。
私は拍手を送った。
「おめでとう。やっぱり麗艶さんは強いね」
私とセイラさんは互いの両手をタッチし合った。
「あなたも強いでーす。アスカに勝ってくださーい!」
「うん、絶対に勝つよ!」
絶対に勝つ。
これまでも何度も口にした言葉だけど、まじないのように何度でも言う。
己を鼓舞するための言葉だ。
私とセイラさんが話していると、ヒカリ先生がやってきた。
「ヒナさん、ウォーミングアップをするわよ」
セイラさんと別れ、誠心道場の面々とウォーミングアップを始めた。
このたびは最後の試合なので、それまで時間がある。
ウォーミングアップや試合前の準備が念入りにできる。
インターバル中、画面をちらと見ると、ジュリちゃんの試合が始まっていた。
相手はジュリちゃんと同じくブラジリアン柔術の黒帯を持っているジェシカ選手だ。
ストロー級ランキング6位の選手だ。
ブラジル出身で、寝技の力で相手からことごとく一本勝ちしてきた。
ただ、彼女もアスカちゃんに打撃でノックアウト負けしている。
互いに互いの寝技を警戒し、遠い距離からパンチやキックを交錯させている。
ただ、お互い決定打は、まだない。
ふと我に返った。
私はウォーミングアップ中だったのだ。
「すみません。ウォーミングアップ再開します!」
ヒカリ先生が私の気持ちを察してくれた。
「まあ、早瀬選手の試合を観てから再開しましょ」
礼を言うと、私は画面に再び視線を向けた。
見ると、ジュリちゃんの三日月蹴りが相手の脇腹に突き刺さっていた。
ジェシカ選手は時間差でうずくまり、そのまま動けなくなった。
三日月蹴りは前蹴りと回し蹴りの中間のような軌道の蹴りで、ピンポイントで脇腹の急所に当たれば、かなり効く技だ。
ヒカリ先生が驚いている。
「早瀬選手の打撃、巧くなっているわね」
「ですね。ジュリちゃんが勝ってくれてよかったです」
ジュリちゃんは成長している。
寝技一辺倒な自分を変えるために、相当な努力をしてきたにちがいない。
「若い選手の成長速度は速いわ。でもそれはヒナさん、あなたも同じよ。あなたも、打倒極、全ての局面でレベルアップしてる」
「私もそう感じています。確実に強くなっていると」
そんなことないですよ、と言うのを堪えた。
私は強くなっている。
寝技の正しい脱出方法もみっちり練習した。
麗艶さんに指摘していただいたウィークポイントを克服したのだ。
それに必殺技も用意してある。
ジュリちゃんの試合が終わったので、ウォーミングアップを再開した。
ミットを打ちながら私はワクワクしていた。
アスカちゃんと闘えるそのときが刻々と近づいていることに。




