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第93話 あなたが教えてくれたこと 

 言葉より先に闘いがあった。

 言葉は不自由。

 文法やマナーに縛られて、思った通りには口に出せない。

 その点、格闘技は自由。

 もちろんルールという不自由はある。

 でもそれさえクリアできれば、あとは好きにできる。

 そんな格闘技が、私はやっぱり好き。

 ヒナ。

 あなたはどう?

 いまは試合中だから訊かないけど。


 あなたを思うと幼い頃いっしょに遊んだ思い出が呼び起される。

 父に箸の持ち方と拳の握り方を教えてもらった。

 あなたが私に教えてくれたのは人との手の握り方。

 闘い以外のつながりがあることを、あなたと出会って知る。

 楽しい。

 あたたかい。

 愛おしい。

 そう感じてしまった。

 放さずにずっと手を取り合っていたい。

 そう思ってしまった。


「おおっと! アスカが、ダウンしたヒナに容赦なくパウンドの追撃を加える!」

 実況が叫ぶ間に何度も上からパンチを打ち下ろした。

 

 だからこそ、あなたの手を振りほどいた。

 忘れてしまう。

 あなたといっしょだと、拳の握り方を、人との闘い方を。

 

「ヒナ、マウントをとられて身動きが取れない! このまま一方的に蹂躙されてしまうのか?」


 パウンド。

 殴り、痛めつける。

 殴るのって楽しい。

 パウンドを野蛮と言う人もいる。

 理解不能だ。

 有利な体勢から一方的にいたぶれる。

 これほどいいものはない。

 さらに対戦相手の苦痛に歪む顔も見れる。 


「殴る殴る。アスカ殴る! レフェリーが止めるタイミングを見計らっている!」


 でも、なかった。

 あなたの顔には、怒りも悔しさも苦しさも存在しなかった。

 とび色の大きな瞳で、じっと下から見据えてくる。

 反撃のチャンスをうかがっている。


「ヒナ、かろうじてガードポジションに戻した! だが依然として不利な状況だ!」

 なんでそんな目をしていられるの?

 与えない。チャンスなど。

 このままドミネイトする!

「アスカ、足で邪魔されながらも、かまわず殴り続けていく!」


 いまはクローズドガード。

 ヒナの足に胴体を挟まれている。

 まだパウンドを邪魔できるほどには足がしっかりと効いている。


 ヒナの打たれ強さと回復力は人間離れしている。

 速く仕留めないと巻き返される。


 会場からは同じ体勢で同じ攻撃が続いているので、ブーイングが出始めた。

 さっさと極めてしまえ。

 つまらない。

 同じ展開。

 観客は好き放題言う。

 かまわない。言いたい奴らには言わせておけばいい。

 ここは私とヒナの聖域。

 誰にも邪魔はさせない。


 ヒナは苦しそうだけど、目には闘志が宿っていた。

 まだ心は折れていないみたい。


 私の両手首を掴むと、ヒナはクローズドガードを解除した。

 ヒナの右足がフリーになった。

 パスガードできる!

 足の拘束から胴体が自由になったのに合わせ、私は左側、ヒナから見て右足側にパスガードしようとした。

 そのとき、頭部に衝撃が走った。

「ヒナ、アスカのパスガードに合わせ、下からの回し蹴りを放った!」

 ちょうど私が足をまたごうとした方向に合わせ、弧を描く右の蹴りで迎え撃ってきた。

 腰をずらす勢いと足の筋力だけで蹴っているので、ダメージはさほどじゃない。

 蹴った足をさばいて再びパスしようとした。

 そのとき視界が上を向いた。

「ヒナ、起死回生の蹴り上げだ!」

 回し蹴りとは反対の足で蹴り上げてきた。

 蹴り上げ。

 またの名をペダラーダ。

 グラウンド状態で、下になっている選手の顔を蹴り上げるシンプルな技。

 アルティメットフォースでは禁止されているけれど、RFCでは認められている技。

 

 そうだった。

 ヒナは下からの動きも得意だったのだ。

 油断していた。

 グラウンドで下になっているヒナから、一旦距離を置きたかった。

 でも。

「ここに来て形勢逆転か! アスカの頭が崩れ落ちる!」

 効いた!

 膝をついたまま頭がガクッと下がった。

 意識は断ち切られていない。

 でもすぐには動けなかった。

 

 すると、ヒナは下から、両足で私を挟みこむようにして崩しにかかった。

 シザースイープ。

 柔術の初心者が習う基本的なスイープの一つ。


「ヒナ、シザースイープでマウントを奪取した!」

 ヒナは上になると間髪入れず拳を打ち下ろしてきた。

「これまでの鬱憤を晴らすかの如く、殴る殴る殴る!」

 

 動かなければ。

 レフェリーに止められてしまう。

 私はエビを切り、ガードに戻そうとする。


 ここで想定されるヒナの動きとしては、マウントを維持しようと抑え込みを強くする。

 もしくはエビに合わせた肩固め。

 あるいはサイドポジションへの切りかえによる抑え込み。

 

 かまわない。いずれも想定済み。

 練習してきた。

 そのとき、ヒナが少し距離をおいて立ち上がった。

 

 スタンドでの勝負を望んでいる?

 瞬間、顔に衝撃が走った!

「サッカーボールキックだ! 容赦のない連打をアスカの顔面に浴びせる!」

 立った状態から寝ている相手の顔面を、文字通りサッカーボールのように蹴る技。

 盲点だった。

 アルティメットフォースでは禁止されている技。

 でもここはRFC。


 その間も、ヒナは容赦なく蹴ってくる。

 いけない。

 速くどうにかしないと意識が断ち切られる!


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