第89話 アドリブ
大晦日の大会まで残り一週間。
本格的な練習は今日が最後。
これからは体重調整やコンディションを整える段階に入る。
武田先生との打撃スパーをしている私に、ヒカリ先生が横からアドバイスをくれた。
「踏み込みすぎ。武田先生のほうがリーチ長いから、前に出なければいけないけど、近くなりすぎよ」
武田先生の懐に入り、ボディブローを打とうとしたところで、先生の膝蹴りがカウンターで襲いかかった。
寸止めしてくれたけど。
「フルコンは顔面ないから距離近くなりがちだけど、総合はタックルがあるからな。距離には気をつけたほうがいい」
武田先生もスパーの最中にアドバイスをくれた。
一旦後ろに下がって、距離をおいた。
直後、武田先生がボディへの回し蹴りを放ってきた。
両腕でブロックする。加減してくれているのだろうけれど、それでも衝撃が物凄い。
「受けっぱなしはダメだ! 守ったあと、すぐに攻めるんだ」
そうこうしてスパーリングを終えた。
武田先生はもう五〇才は超えているらしいけど、かなり動けている。
「総合は詳しくないが、前のめりになりすぎだ。頭と頭がぶつかりやすくなるし、前にバランスを崩しているときに、カウンターのパンチを食らったら、ひとたまりもないぞ」
「押忍」
すると武田先生は笑った。
「はやる気持はわかるけど、冷静にな」
私とヒカリ先生のタイトルマッチが決まってから、道場はお祭り騒ぎがずっと続いている。
空手クラスと総合クラスが一丸となって、私たちの練習をサポートしてくれているのだ。
ありがたいけど申し訳ない気持ちもある。
「そうだった。言い忘れてたけど、今日お前あてに取材が来るから」
武田先生の不意打ちの発言に、私は「ええっ」と思わず口をついて出た。
「事前に言ってくださいよ。何を言うか決めてないのに」
「すまん。アドリブで頼む」
武田先生とのやりとりから、おおよそ一〇分後にカメラマンを引き連れた記者が来た。
心の準備ができていないが、なるようになる、の精神でやるしかない。
「練習中にすみません。本日はよろしくお願いします」
「そんなかしこまらなくてもいいですよ、松本さん」
今回の記者は、松本豪さんという格闘技ライターだ。
背は高いが腕と足が細く、あまり『豪』という感じはしないけれど、ついつい何でもしゃべってしまいそうになるくらい、人当たりがいい。
彼の取材を受けるのはこれで四度目になる。
RFCに参戦する前から、私に目をつけてくれていた人だ。
私のアグレッシブな闘いが好きらしい。
練習風景を撮影したあと、私のインタビューに移った。
BGМも消し、場が静かになった。
沙世さんと美香さんをはじめとした練習生全員が見守ってくれている。
やや笑顔が固いので、もっと自然体でと要望を受けた。
「今回新藤選手とのタイトルマッチですが、意気込みをどうぞ」
ここは何を言うか決めていた。
「絶対に勝ちます。チャンピオンになってベルトを誠心道場に持って帰ります」
拍手をする道場生もいた。
「新藤選手とは、長年の友人だったと聞いています」
これも想定済みの質問だ。
「友人というよりはライバル、永遠のライバル、だと私は思っています」
しばし間を置いてから、松本さんが次の質問に入った。
「現在高校三年だそうですが、進路はどうされますか?」
これも想定内。
「いまのところは、福祉関係のアルバイトをしようかと思っています。時間の融通が利きやすいらしいので」
「就職はしないのですね」
「はい。せっかくここまで来たので、格闘技に人生のすべてを賭けるくらいの意気込みで挑戦してみせます」
松本さんはいくつか細かな質問をしたのち、再び大晦日の試合についての質問をした。
「下馬評では、新藤選手有利という声が多いですが、ご自身はそのことについてどう考えられていますか?」
一応アカウントは持っているけれど、私はSNSがさほど好きじゃなくて、たまに試合の日程や結果を投稿するくらいだ。
それでもこれだけ情報が溢れかえる時代。
知らずにおくなんてできなかった。
「はい、当然だと思います。いままでの実績がアスカちゃ、新藤選手はすさまじいので」
本音だ。
アスカちゃんは元王者の麗艶さんだけでなく、RFCの上位ランカーのことごとくを撃破してきた。
開始4秒で対戦相手を秒殺した試合もある。
「それでも、この試合、私が勝ちます」
私は少し震えていた。
「その自信の根拠はどこから来ていますか?」
松本さんは核心に触れる質問をした。
私はすぐに答えられなかった。
このたびの作戦のことをあまり知られたくなかったからだ。
松本さんも顔に少し汗をかいていた。
私が気分を害しているのではと勘違いしているかもしれなかった。
嘘はつきたくない。
考えたすえ、私はゆっくりと語りだした。
「私の格闘技人生のはじまりは、新藤選手に誘われてのものでした。でもそこから自分の意志で格闘技をつづけること、プロとしてやっていく道を選びました。新藤選手が選ばれし者なら、私は選びとった者です。経験年数、これまでの戦績、いずれも彼女には及びません。でも自らの道を自分で選びとったという意志力、それは彼女にはない私の強みだと思っています」
決して嘘じゃない。私は私がいま答えられるかぎりの根拠を言葉にした。
松本さんは私の目を見て頷いた。
「今日はありがとうございました。大晦日のタイトルマッチ、楽しみにしています」
「こちらこそありがとうございました。いい試合を見せられるようがんばります」
こうしてインタビューは終了した。
さすがにアドリブは緊張した。
私がふーっと息を吐いてへたり込むと、松本さんを含め、その場にいる全員が笑った。




