第85話 元通り
トギシ選手との試合から一ヶ月後。
病院から帰宅した私の鼻を、まじまじとお父さんとお母さん、愛ちゃんが見つめる。
すると三人は盛大に拍手をした。
「綺麗に戻ったね」
お父さんはとても嬉しそうだ。
「ガードよガード。もっと顔を守れるようにしないと」
お母さんからは技術指導をいただいた。
「前よりもかわいくなった気がするよ」
愛ちゃんの褒め言葉に照れつつも、それはたぶん気のせいだよとツッコミを入れた。
折れ曲がっていた足の親指も、まだ完治じゃないけど、元通りの形になった。
練習はとっくの昔に再開していたけれど、これからは、タイトルマッチに向けてもっと激しいトレーニングができる。
私は早速、誠心道場に行きたくなったけど、今日は道場がお休みの日だ。
せっかく愛ちゃんが来てくれたのだし、ゆっくりと過ごそう。
私たちが囲んでいるテーブルの上には、たくさんのお菓子が並べられている。
「愛ちゃん、試験合格おめでとう!」
私につづいてお父さんとお母さんも愛ちゃんに賛辞を贈った。
「ありがとさん。推薦だけどね」
ファッションモデルの経験を評価され、推薦入試を受けることができ、見事合格したのだ。
ただ、学校の場所が大阪らしく、今後はなかなか会えなくなるかもしれない。
「千葉から離れるんだね。少し寂しいな」
「まだすぐに大阪に行くわけじゃないからさ。それまではちょくちょく会いに行くよん」
そう言って愛ちゃんはマシュマロを口に運ぶ。
お父さんが心配そうに言う。
「ヒナ、さっきから食べてないね」
「ごめん、大晦日までお菓子は食べないって決めたんだ」
「そういえば、あんた、アスカちゃんとの試合が決まってから、食欲がないのかというくらい、食べなくなったわね」
お母さんの指摘に、私は頷いた。
「まだ減量するには早いけど、私なりの意地、かな?」
愛ちゃんはうんうんと理解を示してくれた。
「本当に、大事な一戦だからね、ヒナにもアスカにも」
「少なくとも私にとっては」
「絶対アスカにとっても、だよ。詳しくは言えないけど、アスカもこの試合に向けて真剣に臨んでる」
愛ちゃんは私とアスカちゃんの試合衣装を作るために、どちらにも会いに行っている。
アスカちゃんの重要な話は私に漏らさまいとしている。
当然だ。
おそらく、アスカちゃんにも私の情報を漏らしていない。
お菓子タイムを切り上げ、私の部屋で愛ちゃんと衣装の打ち合わせをした。
「トギシさんとの試合で着た服もよかったよ。特に牛の刺繍が」
「あんがとにゃー。試合の衣装は大会側の規定があるから、刺繍をつけたりしかできないけど、入場のときに着る衣装に工夫をこらすべ」
「ガウンに角を生やすのはどうかな」
「あ、いいかもね。ついでに鼻に輪っかをつけるとか。牛っぽくなるよ」
「それはいやだよぉ」
そう言って、二人して笑った。
「ねえねえ、アスカちゃんの衣装はどんな感じなの? ちょっと教えてよ」
不意に愛ちゃんのまぶたが重くなった。
目を伏せ気味にして、その横顔は寂しげだった。
私がまじまじ見つめていると、愛ちゃんは急にこちらを向き、ニコッと笑った。
「だーめ。試合当日のお楽しみ」
そうして衣装の打ち合わせを終え、愛ちゃんは帰っていった。
一人残された部屋で、私はジャージに着替え、腕立て伏せや腹筋といった軽めの運動をした。
お医者さんからはOKが出ていないけど、親指が元に戻ったから走れるかな、などと考えながら、大晦日のアスカちゃんとの試合に思いを馳せていた。
試合まであと三ヶ月弱。
それまでできる限りのことをしたい。




