第8話 アスカのお宅訪問
そして私たち三人は中学生になり、さらに打ち解けるようになった。
ただ、クラスは三人ともバラバラになった。
それに愛ちゃんとアスカちゃんは相変わらず多忙で、学校以外ではなかなか三人が同時に集まる機会は少なかった。
アスカちゃんと愛ちゃんのどちらか、あるいは双方から断られるときが多かったのだ。
私はなんとか三人で集まる機会を作ろうとした。
たまに、それがうまくいくときもあった。
あれは中学二年の頃。
放課後、私たち三人は帰宅せずにそのままアスカちゃんの家へ向かっていた。
アスカちゃんに導かれるまま、ひたすら歩く。
こうなった経緯は、三人の都合が合ったことと、三人の会話の中で、たまたま『格闘技』という話題が出たからだ。
アスカちゃんの家は格闘技ジムを経営しているらしい。
学校からかなり離れていて、愛ちゃんは「まだ着かないの?」と時折ぼやいた。
私も歩きなれておらず、だんだんと足が重く感じられた。
三〇分歩いたのち、田畑や森が見える段になり、彼女の家にたどり着いた。
アスカちゃんとは幼稚園以来の付き合いだけど、こうして家に遊びに行くのははじめてだ。
まず『チームスパーク』と大きく書かれた看板が目に留まった。
家自体は大きかったが、あばら家のようにぼろかった。
トタン屋根は汚れていて、陰気な印象を与えた。
「スパークってなんだか強そうな名前だね」
私の感想にアスカちゃんはこちらを見ないで言った。
「〝才能〟って意味を込めている、らしい」
中に入ると、床が若干斜めに傾いていた。
部屋に案内される。
その途中、廊下で背は低く、痩せているわりには筋骨隆々で浅黒い肌をした男の人とすれちがった。
アスカちゃんのお父さんと会うのは小学五年以来だ。
私はあのときのピリピリとした雰囲気を思い出し、体をこわばらせた。
新藤さんは鋭い眼光で、まず私に視線を移す。
私は鷹のような目力に圧迫感をおぼえた。しかも相変わらず右目だけ焦点が合っていない。
「おや、どこかで会ったような気がするが」
どうやら覚えられていないようだ。
「山本ヒナといいます。以前、喧嘩で学校に呼ばれたときにお会いしました」
すると新藤さんはフッと笑った。
「なるほど、あのときの。私は新藤源治。アスカの父だ。よろしく。そちらは?」
次は愛ちゃんをじろりと見つめた。
愛ちゃんは物怖じせず、元気よく挨拶した。
「はじめまして! 相川愛といいます。アスカさんにはいつもお世話になっています!」
源治さんは、アスカちゃんに向けて言った。
「練習は一八時三〇分からだ。それまでには帰ってもらうようにな」
そうして『トレーニングルーム』と書かれた扉の中に消えていった。
アスカちゃんの部屋がある二階に案内された。
階段は踏むたびにギシギシと悲鳴をあげた。
部屋に案内されるとまず目についたのが、スポーツ選手と思われる上半身裸で、筋肉質の男の人のポスターだった。
部屋に学習机はなく、代わりに足の短い丸テーブルがあった。
「へぇ、こういう筋肉ムキムキがタイプなんだね」
ポスターをまじまじと見つつ愛ちゃんが言った。
アスカちゃんは、「選手として強いから」と恥ずかしそうに返す。
本棚はあったが、参考書が申し訳程度にあるくらいで、それ以外は全部運動科学やら格闘技やら人体のばかりだ。
小説はおろかマンガすらない。
「アスカちゃんは本当に格闘技が好きなんだね」
私の言葉にアスカちゃんはしばしの沈黙の後で、こう言った。
「好き、かは分からないけれど、なくてはならない、とても大切なもの。空気といっしょ」
空気を吸うように格闘技の練習をしているのがアスカちゃんの日常生活なのだ。
おそらく好きとか努力とかを超えた世界で格闘技に没頭しているのだろう。
私が圧倒されていると、アスカちゃんは飲み物を持ってくると言い、部屋をあとにした。
愛ちゃんと二人になった部屋で、私はじっと先ほどのポスターを見ていた。
どこか見覚えがある。ひょっとして。
私の推測を、愛ちゃんが代弁してくれた。
「ねえ、このポスターの人、アスカのお父さんじゃない?」
「私も思った。さっき廊下ですれ違った源治さんに似てるよね」
ポスターの右下に目を凝らすと、小さな文字でこう書かれていた。
『第十二代エクストリーム王者 新藤源治』
エクストリームというのは格闘技団体の名前だろう。
「源治さんはチャンピオンだったんだね」
娘にも自分と同じ道を歩み、夢を叶えて欲しい、と源治さんは考えているのだろう。
私の父はしがない市の職員だけど、同じ仕事に就いてほしいと言われたことはない。
「ちょっと見てよ~。おもしろいもん見つけた」




