第9話 内なる声
不意をつく愛ちゃんの言葉に反応し、視線を向けた。
小さな額縁に入った写真だった。女性が映っている。
「めちゃんこ綺麗な人」
「やっぱりモデルをやっている愛ちゃんから見ても綺麗なんだね」
「アスカのお母さんかな」
「そう言われれば似てるよね」
「ところでこの写真、どこにあったの? 部屋に入ったときは気づかなかったけど」
「引出しの一番上に入っとった」
プラスチック製の収納棚を指さした。
「駄目だよ。勝手に開けるなんて」
「だはは。だよね。ごめん」
呆れていると、足音がした。
ギシギシ階段をきしませながら、音はますます大きくなる。
さすがの愛ちゃんもあわてて、写真を元あった場所に戻した。
間に合った。
アスカちゃんが部屋に戻ってきたときには、元通り。
私と愛ちゃんは何事もなかったかのように丸テーブルを挟んで正座で待機していた。
「なんだか変。何かあった?」
「ううん。なんでもないよ。飲み物ありがとう」
プラスチックのカップに入ったお茶が三つ盆に置かれていた。
それをアスカちゃんが、慎重に一つずつ丸テーブルの上に置いていった。
「ごめんなさい。うちはお菓子を家に置いてないから飲み物だけ」
「謝らなくていいよ。ちょうど喉が渇いていたんだ」
差し出されたお茶を口に含んだ。麦茶だった。
実際にのどが渇いていたのもあるけど、アスカちゃんが用意してくれたというだけで、より美味しく感じられた。
「ポスターの男の人、アスカちゃんのお父さん、だよね?」
私の質問に、アスカちゃんは頷いた。
「チャンピオンなんだね。ポスターの右下に書かれてたから」
「正確にはチャンピオンだった。すでになくなってしまった小さな団体のだけど」
私はふとした疑問を口にした。
「団体って一つじゃないの?」
「一つの統一された団体はない」
「音楽のインディーズとメジャーみたいなもん?」
愛ちゃんの例えがアスカちゃんには理解できなかったみたいだ。
一瞬首を傾げた。
「そうだと思う。たぶん」
「でも王者になれるってすごいよ。本当に強かったんだね」
「私が物心ついたときには、父はすでに選手としてのピークを過ぎていた。父の試合は幼稚園のときに一回だけ見た。引退試合。最初はうまく闘っていたけど、次第にスタミナが切れて、最後は殴られて倒された」
私と愛ちゃんはじっと耳を傾けている。
「父のファイターとしての姿を生で観たのはその敗戦だけ。それ以外は映像で観たけれども、生で観た、敗戦のインパクトは大きかった」
「でもさ、スポーツってのはどうしても年をとると衰えていくものだから、仕方なくない?」
愛ちゃんの言葉に、私も頷いた。
綺麗ごとに聞こえるかもしれないけれど、挑戦して、さらに一度でも王者になったのだから誇っていいと思う。
アスカちゃんは目を閉じ、頷いた後、口を開いた。
「わかる。でも、私はできれば長く強くあり続けたいし、そのために必死で練習をしている」
「その気持ち、わかるわぁ。私もモデルをやってるけど、チヤホヤされるのは若いうちだけだからね。それでも使い捨ての駒みたいになるのは嫌だから、必死で頑張ってるよ」
「なんだかすごい世界だね」
圧倒されて口に出た言葉だった。
愛ちゃんはファッションモデルとして、アスカちゃんも格闘家として頑張っている。
覚悟をもって夢を追いかける二人の友人たちの言葉にビリビリと稲妻が走った。
自分の内から己を急き立てる声を聞いた。
どうしても二人と自分を比べて引け目を感じてしまう。
私も何かを頑張らなければ。
そんなことを思っていると、アスカちゃんの「居間に行こう」という声が聞こえた。




