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第10話 はじめて観る試合

 アスカちゃんの部屋を出て居間に移動した。

 大きなテレビが一台とボロボロの大きなソファがあった。

 表面の皮はところどころむけ、中のクッションが見えている箇所もあった。

 

 私と愛ちゃんはアスカちゃんに促され、ソファに腰かけると、アスカちゃんがテレビの電源を入れた。

 夕方のワイドショーをやっているところだった。

 もうそんな時間か。

 何回か画面が切り替わり、不意に肌色の色彩が襲いかかってきた。

 

 肌色といってもいかがわしいものではない。

 上半身をむき出しにした男性二人が、向かい合い、ゴングが鳴らされると同時に、喧嘩を始めたのだ。

 喧嘩というのとは違う。

 おそらくそういうルールで闘う競技なのだろう。

 何やら物騒だ。

 殴ったり蹴ったり、血も流れている。


 本物の『格闘技』というものをはじめて目の当たりにし、画面に釘付けになった。

「うっわー。すっごくバイオレンス。これってボクシング? でも蹴ったり、抱きつき合ったりもしてる」

 愛ちゃんの問いにアスカちゃんは首を振る。

「違う。総合格闘技」

「そうごうかくとうぎ?」

 私がおうむ返しすると、アスカちゃんは説明をはじめた。


「またの名をMMA。『Mixed Martial Arts』 の略。噛みつきや急所、目への攻撃は禁止されているけれど、それ以外のほとんどの攻撃、殴る、蹴る、投げる、関節技を極める、などを認められている、最も自由で最も過酷な格闘競技」

 アスカちゃんはやや早口に熱を帯びた感じで説明した。

 よほど話したかったのだろう。


 その当時の私は、格闘技というものがよく分かっていなかった。

 ボクシング、柔道、空手とかの名前だけは知っていたけど、実際の試合は観たことなかった。

 父がスポーツ全般を好まない影響からか、私もテレビでスポーツの試合を観る習慣は育たなかったのだと思う。

 そんな格闘技が、言葉ではなく、いきなり映像で殴りかかってきたのだから、怯えて当然。


 でも私は、画面に見入ってしまった。

 いかがわしさとは程遠い世界だけど、いけないと言われていることをやってしまうときのような、背徳的なものがそこには存在していた。


「わあ!」

 突然愛ちゃんが大きな声を上げた。


 画面ごしに、二人の選手がマットの上で寝転がり、取っ組み合っている姿が映った。

 一方が上で、もう一方が下だ。

 下の選手の両足が上の選手の胴体にからみついていた。

 さらに、上の選手が、下の選手を殴ったのだ。

 殴ってもいいんだ、と驚いた。

 私は小学生のとき、リンカちゃんがアスカちゃんの上にまたがって殴っていたのを思い出した。

 でもあれは喧嘩で、これは試合だ。


「こわ! 倒れている相手を殴るの?」

 愛ちゃんは試合の映像に驚いている。

「まだ意識はあるから」

 アスカちゃんはさらりと口にした。

「それに・・・・・・」

 不意に下の選手が自分の足を持ち上げ、何やらわからないけど、くるっと半回転した。

 すると上の選手の片方の腕にがちっと抱きついた。

「こんな風に下からでも攻撃ができる」

 やがて下の選手が抱きついている腕を引っ張り続けると、上の選手は苦しそうな表情をして下の選手の体を二回叩いた。

 すると審判が試合を止めた。


「試合、終わったの?」

「タップという。負けを認める合図。あそこまで深く極まっていたら抜け出せない。それにタップしなかったら腕に大けがをしていた」

「腕十字、だね」

 私の言葉に、アスカちゃんは頷いた。

「この試合では一ラウンド三分四〇秒。下からの腕十字で北山選手が勝ってる」

「すご。下になって危ないと思ったのに逆転勝ちしちゃった」

 アスカちゃんもリンカちゃんに腕十字を極めていた。

 細かい技術はよくわからないけれど、奥の深そうな世界だ。

 感心していると、レフェリーを挟んで勝者と敗者が立っていた。

 そして勝者の腕をレフェリーが持ち上げる。

 勝者は喜びの雄たけびを上げ、敗者は顔をうつむかせ、うなだれていた。

「格闘技ってさ、勝ち負けがはっきりしていて、残酷だね~」

 愛ちゃんが素直な感想を口にする。


 私はというと、半分は同意で、もう半分は別の印象を抱いた。

 カッコいいと思ったのだ。

「でも勝った選手はすごく嬉しそうだよ」

「そりゃ勝てれば嬉しいだろうけどさ。アスカはどう?」

 問われたアスカちゃんはボソリと答えた。

「たしかに勝てたら嬉しいけど、負けたら悔しい、と思う。でも次は勝てるよう練習すればいいだけ」

「練習かあ。私は、習いごととかやったことなくて、打ち込めるものがなくて。それに比べたら格闘技を頑張るアスカちゃんも、モデルをしている愛ちゃんもすごいよ」

「へへ、まあね」

 照れながらも、どこか誇らしげな愛ちゃんに対し、アスカちゃんは表情を崩さなかった。

「別にすごいと思ったことはない。これが当たり前でいままで生きてきたから」

 そう言ったアスカちゃんはどこか遠くを見つめているような眼差しで、寂しげだった。

「努力を努力と思わないかー。かっこいー」

 愛ちゃんの言葉に私はうんうんと頷いたが、アスカちゃんの表情は硬いままだ。

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