表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
12/110

第11話 ヒナの決意

 突然ドンドンと扉が乱暴にノックされた。

 アスカちゃんの目つきが鋭い感じに変わった。


「ごめんなさい。お父さんが呼んでる。そろそろ練習の時間」

「そうだね。遅くなっちゃったから、私たち帰るね」

「じゃあに~」

 私はぺこりと頭を下げて、愛ちゃんは笑顔で手を振りながら居間を出た。

 アスカちゃんも玄関までついてきてくれた。

 玄関の前でアスカちゃんが深々と頭を下げた。

「今日はふたりとも、来てくれてありがとう」

 仰々しいおじぎに思わず笑ってしまった。

「そんなかしこまらなくていいよ。私も楽しかったよ。また遊ぼ」

「そうそう。もっと気さくにいこう」

「ちょっと待ってて」

 顔を上げたアスカちゃんは、突然家に引っ込んだ。

 慌てて戻ってきた手の中には、チラシが二枚あった。

「うちのジムの広告。初心者も大歓迎だから。良かったらぜひ」

 チラシには、大きな字で『チームスパーク』と書かれており、キックをしている男性の写真が大きく掲載されていた。

 愛ちゃんは、考えとくと返事をした。

 私は「ありがとう」とだけ言った。


 帰り道、愛ちゃんは小さなため息を吐いた。

「ため息なんてついて、どうしちゃったの?」

「疲れた。楽しくなかったわけじゃないけど、あの家にまとわりつく昭和くささが苦手。私は平成生まれだから昭和を知らないけど、なんか根性と精神論でなんでも押し通しそうな父親と、何にでも従いそうな一人娘っていう構図が、なんだか昭和っぽいなって」

「たしかに私の住む世界とは別世界に感じた。私のお父さんはおだやかで優しいし、お母さんも小言が多いけど、優しいし。ところでさ」

 アスカちゃんからもらったチラシをカバンから取り出した。

 私が何を言いたいのか察すると、愛ちゃんは右手を前に出し、拒絶のポーズをとった。

「私はパス。顔に怪我したら困るから」

「そっかあ。そうだよね」

「ひょっとしてヒナは格闘技やりたいの?」

 自分の気持ちがわからず、黙ってしまった。愛ちゃんは沈黙をイエスと捉えた。

「やってみればいいよ。好きなこと見つけてそれに向けて一生懸命頑張るってのも楽しいよ。格闘技の場合は、怪我とかのリスクもあるだろうし、無責任なことは言えないけどさ」 

「うん。考えておくね」

「ちょっとぉ。何よその上から目線は」

 そう言って愛ちゃんは笑った。


 愛ちゃんと別れてから、一人家に向かって歩く。

 西日の存在感は薄くなり、夜の気配が濃くなっていく。

 スマホのライトで照らしながら、アスカちゃんからもらったチラシを、穴があくほど見つめつづけた。

 そこには男性が足を高く上げ、蹴りを放っていると思しき写真があった。

 その人がカッコいいとかでなく、蹴りを放つポーズが単純に美しかった。

 さらに漫画にでてきそうな吹き出しの中に女の子も練習しています、と書かれていた。

 格闘技のジムというと、男性だけという印象が強いけど、他にも女性がいるのなら少しは安心できるかもしれない。

 私はアスカちゃんといっしょに格闘技の稽古をしながら汗を流す姿を想像し、うっとりとしていた。

 

 不意に後方から自転車のベルを鳴らされ、我に返る。

 自転車は私を素通りし、薄暗がりの中に消えていった。

 

 ふと闇が濃くなり、空気が寒々と感じられ、同時に私の心にも影が差した。

 私は周りの人、友達や学校の先生から社交的で明るいと言われている。

 でも心の中には負の感情も抱えている。それをあまり表に出さないだけだ。

 そしてこのときは裏だった。

 ネガティブな心が、格闘技をしない理由を数えはじめた。

 

 入会金が一万円、月の会費が七千円。

 これに道着とか道具とかを揃えるためのお金がかかるはず。決して安くない。

 それにひとり娘が格闘技を始めたいと言い出したら、スポーツぎらいの父は絶対に反対する。

 ラグビーですら暴力的だと言って観ないし、ニュースでオリンピックのダイジェスト映像が流れたときですら、チャンネルを変えるほどなのだ。

 家族に言おうか言うまいかぐるぐると悩みながらなので、歩くペースも自然と遅くなる。

 悩んでも考えてもこれだと思える答えは出なかった。


 完全な夜になり、チビチビとゆっくり歩いていくと、住宅地の一角にある自宅が見えた。

 玄関で父と目が合った。

 私の顔を見るなり、ふっくらとした頬を緩ませた。

「遅かったね。心配したよ」

「ごめん。愛ちゃんとアスカちゃんの家で遊んでいたら、あっという間に時間が過ぎちゃって」

「それだけ楽しかったということだね。何よりだよ」

 父の後ろから、母も顔を出した。こちらはやや怒り気味だ。

 エプロンを脱いでおり、すでに料理の準備はできているのだろう。

「早く着替えて手を洗ってきなさい。料理が冷めちゃったから、また温め直さないと」

 言われた通りにしてから食卓についた。


 今日はアジフライに牛肉たっぷりのカレーライス。

 うちは揚げ物やこってりとしたメニューが多いから三人とも肥えている。


 食事の最中、私は早速、両親の説得を試みた。

「お父さん、お母さん。私ね、今日アスカちゃんの家に行ったんだ。すごいんだよ、アスカちゃんは。私と同い年なのに、格闘技をしていて毎日一生懸命練習しているんだって」

「格闘技ねえ」

 父は浮かない顔だ。

 母は、あまり興味なさそうだ。

「そういえば前にも話していたわね。女の子なのによくやるわよね」

 小心者な私は、直接ではなく、回りくどい言い方で両親の反応をうかがうことにした。

「格闘技ってやっぱり、普通は女の子がやらないものなのかなあ?」

「うーん。いまどきは珍しくないのかもしれないけど、私だったらやらないかな。女がするなとは言わないけど、男の方が向いてると思うわ」

 母は私の質問に率直な回答をした。

 父は不安げな顔を私に向けた。

「ひょっとしてヒナは、格闘技に興味があるのかい?」


 図星だった。

 私は曖昧な頷きを返した。

「試合の映像をアスカちゃんの家で見せてもらったんだけど、カッコいいなって思って」

 父は納得していなかった。

「ヒナは喧嘩で強くなって、人を殴りたいのかい? アスカちゃんがいじめっ子たちを怪我させたみたいに」

「そんな野蛮な理由じゃないよ。それにアスカちゃんだって乱暴な子じゃない。あれは私を守るために仕方なく手を出したんだよ」

 アスカちゃんが喧嘩をしたことはあの一件以来、一度もない。

「お願い。格闘技をさせてください」

 父がううむと唸った。

 プロやチャンピオンになりたいというわけじゃない。

 ただ、私の大好きな、アスカちゃんが大好きな、総合格闘技というものがどんなものなのか、味わってみたいと思ったのだ。

「お父さん、ヒナが始めたいと言っているんだし、許してもいいんじゃないかしら」

 母の説得も加わり、父はしばし考えこんだのち、口を開いた。

「絶対に習った技を道場以外で使わないこと。約束だよ」

 入会していいということだろう。

「ありがとう! 約束するよ!」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ