表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

PR
86/106

第79話 格闘技と暴力


「うわぁーっっ!」

 私は思わず叫んでいた。


 タイムストップがかかり、金網に入ってきたドクターがヒナの鼻をチェックしている。

「お母さん、ヒナが、ヒナが大変なことに!」

 パニックになっている私に対し、お母さんは冷静だった。

「お父さん、落ち着きなさいよ。まだ負けたと決まったわけじゃないでしょ」


 ヒナは決意のこもった目をしていた。

 頷きながら、レフェリーに言葉を伝えている。


「そういう問題じゃないよ。ヒナの鼻が!」

「あの娘の選んだ道でしょ。きっとこういうことも覚悟して試合に出てるはずよ」

 分かっている。分かっているが。


「でも痛そうだわ。ヒナ、大丈夫かしら」

 訂正する。

 お母さんも決して冷静ではなかった。心配のあまり、内心の声が漏れている。


 やがてドクターは金網から降り、レフェリーが試合続行を宣言した。

「続けるんだね」

 こんなこと言うと、ヒナに怒られるかもしれないが、私は試合を止めて欲しいと思った。

 これ以上、ヒナが痛めつけられる場面を観たくなかったからだ。

 私は父親失格かもしれない。


 ヒナもトギシもタイムストップがかかる前にいた位置に戻された。

 金網際からの再開だ。


 ヒナの折れた鼻を見て思う。

 やはり暴力は恐ろしい。


 私は、中学のときにいじめを受けていた。

 殴られるのは日常茶飯事だった。


 そのときの体験から、私はあることを心に誓った。

 もし自分に子どもができても暴力を振るわないこと、子どもに暴力をしない、させない教育をすることを。


 ヒナには暴力とは無縁の世界で平和に生きてほしかった。

 でも、彼女は自ら暴力のある世界に進んだ。


 いまヒナとトギシは、金網際で立った状態のまま組み合っている。

 金網を背にしているヒナが若干押されているように映った。


 試合に目を向けたまま、お母さんに尋ねる。

「ねえ、お母さん。私の教育は間違っていたのかな」

「なんにも間違っちゃいないわよ。お父さん、目の前のヒナを観なさいよ」

 するとヒナとトギシがいっしょに横回転したかのように、位置が入れ替わった。

 今度はトギシが金網に背を預ける体勢になった。


 ヒナが有利になった、のか?

 即座にヒナがトギシの胴体にパンチを打ち込む。

 返す刀でトギシが反撃のパンチを顔に打ち込もうとするも、ヒナはそれを顔の前に折り畳んだ腕を出すことでブロックした。


 私は見ているようで、見ていなかった。

 私の知っているヒナはもういない。

 あんなに小さくて頼りなかったひな鳥は、いまや大きく成長し、こうして羽ばたいている。


 ヒナが横殴りのパンチを連打する。

 それに呼応するように、トギシもパンチを打ち返す。

 だがヒナは、打ち合いにはつき合わず、再び上体を下げてトギシの足に両手を掛けた。


 私は格闘技に詳しくないが、おそらくヒナは、あの体を低くして足に組みつく技術で、寝た状態に引きずりこもうとしているのだろう。

「この一回目は、残り一分らしいわよ。時間がないわ」

 必死に倒そうとするヒナだが、なかなかトギシを倒せないでいる。

 トギシが、ヒナの側頭部に肘をゴツゴツと入れてきた。

 嫌な音がする。

 これは危ない気がする。

 ヒナも嫌がっているのか、組んだ手を解除して一旦離れようとした。

「来る!」

 自分が喧嘩をしているかのように身構えた。

 ヒナが組んだ手を解除し、上体を起こそうとした矢先、また膝蹴りが襲いかかったのだ。

 当たったらひとたまりもない。

 幸い、ヒナは後ろに下がってかわしたが。

 追い打ちでトギシの横殴りのパンチ。

 ついさっき、これでヒナは鼻をやっている。


「同じ失敗を繰り返すほど、うちのヒナは馬鹿じゃないわよ」

 勝ち誇ったようにお母さんが言う。


 ヒナは拳一個分、頭を体ごと下げたと同時に、トギシのパンチが空を切った。

 直後、ヒナが足に蹴りを入れ、バランスを崩したトギシがよろめいた。


 一瞬、トギシの足が止まった。

 もう一度、蹴り。


 トギシは蹴りを止めようと、手で下からすくおうとした。

 そのとき、会場からは歓声が湧き起こった。


 ヒナの狙いは足ではなく、頭部だったのだ。

「いわゆるハイキックというやつだね」

 頭に直撃を受けたトギシは、失神しなかったものの、その場でダウンした。

 ヒナが追撃に行こうとしたころで、無残にも第一ラウンドは終了した。


 鏡で見たら、いまの私の顔は恍惚としているだろう。

 暴力はたしかにおそろしい。

 だが格闘技は、美しい。

 ヒナが私にそう思わせたのだ。


 そして私は自分の考えをあらためた。

 ヒナは暴力の世界に足を踏み入れたのではない。

 格闘技の世界に足を踏み入れたのだと。


「ああ、良いところだったのに終わっちゃった」

 お母さんががっがりしている。

「あと二ラウンドあるんだ。まだまだこれからだよ」

 するとお母さんはそうね、と笑って、私と一緒に会場に向け叫んだ。


「まだまだいけるでしょ、がんばりなさい! ヒナ!」

「ファイト! ブレイブカウ!」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ