第78話 ヒナVSトギシ 開始
不意打ちのミドルキック。
とっさに両腕でブロックしたので難を逃れたが、機先を制された。
トラックに追突されたかのような衝撃が腕を通して全身を震わす。
トギシは蹴った足をそのまま下ろして、続けざまに殴りかかる。
両腕が蹴りで塞がっていたので、防御が間に合わず、顔に直撃する。
急所は外れていたので、ノックダウンされることはなかった。
けれど危なかった。
私はとっさに後ずさら、なかった!
ここで退けば、トギシは調子に乗ってさらにガンガン前に出てくるはず。
私は左右のフックを振り、これ以上踏み込むと危ないぞという警告を出す。
反応してくれたトギシは少し距離をおく。
互いに見合った状態で、私は自分の甘さに悔しさをおぼえた。
さきほどのミドルキックは危険だった。
もし直撃していたら、序盤に畳み掛けられ秒殺されていたかもしれない。
会場からは、不意打ちを仕掛けたトギシに対するブーイングが巻き起こる。
たしかにトギシは感じ悪い。
でも試合開始と同時に闘いはすでに始まっている。
こういう事態は想定しておかないといけなかった。
でも、ここから立て直す。
ガッチリと顔のガードを固める。
足どりをいつもより軽やかにしてステップを踏む。
私はフットワークを多用する方ではないけれど、一発でももらえばトギシのパワーの前に敗れてしまう。
セイラさんほど打たせずに打つ闘いを徹底できないけれど、被弾を最小限に抑えたかった。
トギシは若干イライラしている。
両手を開いて、来い来いと挑発してくる。
「どうしたの? 見合ってばかりじゃ試合にならないわよ」
私は牽制のジャブを放ちつつ、近づいていく。
どうしてもトギシのリーチの方が長いので、こちらが近づかないといけない。
トギシが前蹴りを放ってきた。
私はバックステップで軽く下がった。
トギシの額から汗が光る。
私は距離を保ちつつ、じっと見つめる。
トギシがもう一度前蹴りを放つ。
引きを意識せず、蹴り込んできた。
バックステップではかわせない。
ならどうするか?
半身を切って、さばく!
当たったものの、急所をずらしたので、すぐに次の動作に入れた。
私はそのまま左のジャブ、ではなく腰の回転を加えた拳をトギシの顔面に突き入れた。
左のストレート!
牽制のジャブよりも、より深く相手にダメージを与えることができる。
次いで右のストレートを打とうとしたところで、トギシがブンブンと拳を振り回してきたので深追いはしなかった。
トギシは苛立ちを隠さずに「くそっ!」と叫んだ。
たしかな手ごたえを感じた。
長期戦を視野に入れているけれど、ただ試合を長引かせるだけじゃいけない。
トギシを動かさせ、疲れさせて消耗させないといけない。
私はカッと目を見開き、集中力を切らさないよう神経を研ぎ澄ました。
視線をトギシから絶対に外すもんか。
対するトギシも怖い目でこちらをじっと睨みつけてくる。
ここでトギシがタックルで胴に組みついてきた。
私は必死に踏ん張る。
金網際まで押し込まれた。
しがみつくトギシの頭をコツコツと殴っていくけれど、至近距離なので大したダメージにはならない。
必死で踏ん張り、倒されまいとする。
けれど。
会場からは「おお!」と驚きの声がとどろいた。
トギシが軽々と私を抱え上げたのだ。
そしてマットに叩きつけられ、リングが大きく震えた。
後頭部を打つ前に受け身をとったので、さほどダメージはないけど、グラウンドで上をとられた。
私は足を使ってトギシの侵入を防ぐ。
ガードポジション。
下からでも抵抗できる体勢。
かまわずにトギシは殴ってきた。
金網が邪魔して身動きが取れない。
私はトギシとの空間に膝を押し入れ、さらに片方の腕をつっかえ棒のようにしてトギシの侵入を防いだ。
ニーシールドというグラウンドでの技術だ。
距離ができたので、トギシのパンチが届かなくなった。
トギシが上から強引に、私の膝をどかそうとしてバランスを崩した。
いまだ!
私はトギシを抑えていた膝による防壁を解除し、その足を攻撃に転じた。
三角絞め。
完全に極まった。と思っていた。
でも、トギシは三角絞めを仕掛けられたまま、私を頭上に持ち上げたのだ。
三角絞めをしている私ごとマットの上に叩きつけるつもりだ。
バスターだ。
私は三角絞めを解除し、叩きつけられる前にすぐさま立ち上がった。
「頭悪そうなのにテクニックはそれなりにあるわね。でもあちしのパワーの前では無力よ」
憎まれ口を叩くのは、それだけ焦っている証拠だ。
私は、間髪入れず片足タックルに入った。
組むことはできた。
ただ、トギシの腰は重かった。
相撲でいう土俵際で残った状態になる。
コツコツと頭にパンチを打たれる。
ただし、腕の力だけでの打撃なので、ノックアウトされることはない。
それでも、ここで倒すのは難しいと判断して私はトギシから離れた。
その際にトギシの膝が空を切った!
天高く突き上げるようなトギシの膝蹴りを間一髪で避ける。
避けることに意識が集中して、足がもたついてしまった。
しかも後ろは金網。
逃げ場がない。
突如横殴りの左フックが顔面に。
嫌な音がした。
会場からは悲鳴が上がっている。
分かる。
呼吸がしづらい。
鼻が、折れた。




