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第77話 見えない力

 選手のヒカリ先生を残して、私と武田先生、沙世さん、美香さんの四人は中央の金網に向かっていった。

 花道を通るとき、まばゆいライトの下、大歓声がどっと巻き起こる。


 大きなプラカードを持った観客もいた。『ブレイブカウ』と書かれていた。

 なんだか恥ずかしく、むず痒いものを感じた。

 まさか私にもファンがつくようになるなんて。


 私に関する簡単なプロフィールを実況席のリングアナウンサーが大きな声で叫んだ。

「この舞台でアスカと闘う。親友との約束を果たすため、ここまでやってきた。逆境を跳ね返す勇猛なる闘牛。ブレイブカウ、山本ヒナ!」

 実況の解説に呼応して歓声もさらに湧きあがった。


 美香さんが嬉しそうに言う。

「ヒナさん、大人気ですね」

「うん、あまりお客さんのためとかは考えてこなかったけど、やっぱり嬉しいな」


 そうして係員からボディチェックを受ける。

 上下に分かれている、腹部を露出したファイティングウェアだ。

 私は下を向き、自分のお腹を見る。脇腹のたるみは残っている。

 でも服のカッコよさには自信を持っている。

 色は白、胸元にデフォルメされた牛の刺繍が施されている。

 牛の刺繍は愛ちゃんが作ってくれたのだ。


 そんな愛ちゃんも、今日はファッションデザイナーになるための服飾専門学校の説明会で来られなかった。

 愛ちゃんが夢に向かって一歩ずつ進んでくれているのが嬉しい。

 きっと愛ちゃんのことだ。

 遠くから応援してくれているにちがいない。


「ヒナ、がんばりなさーい!」

 お母さんが声を張り上げ、応援してくれている。

「ヒナ、無事に帰ってくるんだよー!」

 お父さんも精一杯の大きな声で心配してくれてる。


 今日は、はじめて両親が私の試合を観てくれる日だ。

 会場に来てくれているファンのみんな、遠くから私を見守ってくれているであろう愛ちゃん、そしてお父さんとお母さん。

 みんなのことを思うと、全身に力がみなぎってくる。

 よくプロの選手が、皆さんの声援が力になりましたと言うけれど、それは本当なんだとあらためて実感した。

 

 金網に入ると、私はリラックスさせるため、軽くジャンプを二回した。

 その後、力みをなくすため、肩をくねくねと数回回す。

「うぉぉぉぉぉぉぉ!」

 そして己を鼓舞するために、雄たけびを上げた。


 次はトギシの入場だ。

 ショッキングピングのジャケットを羽織り、その下はすぐに闘えるようファイティングウェアを着用している。

 何の歌かは分からないけど、歌いながら、大股でガッポガッポと堂々とした調子で花道を行く。

 

 その間もブーイングがちらほら。

 それでも本人は意に介していない。

 むしろ非難の声を快感にしているかのように、体をウキウキと揺さぶる。


 私と同じようにトギシにも、実況席から解説が飛ぶ。

「キャリアが浅い、偽物だ。そんな言葉は私のパワーで黙らせる。唯我独尊、傍若無人、それでいい。勝てば正義なのだから! 火のないところに煙を立てる女、アイアン、鋼トギシ!」


 トギシは、ボディチェックを受けている最中も、ずっと鼻歌を歌っていた。

 それを観ていた私に対し、武田先生が言った。

「舐めてかかっているな」

 沙世さんが私の代わりに怒ってくれた。

「腹立つ~。ヒナ、目にものを見せてやりましょ」

 美香さんもうんうんと頷いていた。


 金網に入ったトギシを、私はまじまじと見た。

 背は私より若干高いが、男子の同階級の選手と比べたら低い。

 ただ、筋肉の厚みがものすごく、前日計量以上の体重差がありそうだ。

 体つきは、上半身に筋肉が集中しており、下半身がかなり細身なのが分かった。

 足が細いので、膝下へのカーフキックが効きやすそうだと思った。


 不意にトギシと目が合った。

 何をするかと思えば、ウインクと投げキッスを返された。

 私は無視を貫いた。


 そんなこんなで間もなく試合が始まる。

 いま、私とトギシの間にレフェリーが割って入っている。


 私は震えをごまかすために、軽く体を揺さぶった。

 私がまっすぐに見つめるのに対し、トギシは見下すというのがふさわしい態度だった。

 にやにや笑ってすらいた。


【RFCの主なルール】

・5分3ラウンド

・ラウンドごとの採点

・グラウンド状態での相手への肘は認められている

・グラウンド状態の相手へのサッカーボールキック、踏みつけ、下の選手の蹴り上げも認められている。

・両手両足をマットにつけた相手への頭部への膝蹴りも認められている。

・ロープ、金網を掴む行為は反則


 試合開始。

 一旦、私とトギシは離れた。

 

 直後、トギシが手を伸ばして近づいてくる。

 おそらくグローブタッチだ。

 

 試合開始と同時に、選手同士が互いのグローブをくっつけ合うのはよくある光景だ。

 ルールに定められてはいないけれど、一種の慣例になっている。


 私もそれにならい、左手を伸ばす。

 すると風を切る音とともに、なぎ払うようなミドルキックが、伸ばした側の脇腹めがけて襲いかかった。

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