第76話 心強い仲間たち
試合当日、ヒカリ先生も出場するので、今回は空手クラスの武田先生にセコンドに就いてもらうことになった。
開催場所が誠心道場から近いので、前日入りはせず、当日に現地入りすることになった。
沙世さんと美香さんも付添いで来てくれた。
大きな白のワゴン車で会場へ向かう。
行きも帰りも、武田先生が運転してくれる。
ヒカリ先生は運転免許を持っているけれど、試合前に運転による疲労を与えたくないと武田先生が判断したからだ。
また、試合後に、頭部にダメージを負ったまま運転させるのは危険だからだ。
「武田先生、今日は無理を言ってすみません」
ヒカリ先生の言葉に、武田先生は視線を前に向けたまま、応える。
「気にすんな。お礼は、そうだなあ。二人の勝利がいいなあ」
「押忍。絶対に勝ちます」
私の返事に、先日アマチュアの試合をしたばかりの沙世さんがかぶせるようにして言う。
沙世さんはつい最近、アマチュアのワンマッチに出場し、バックチョークで見事勝利をおさめた。
「うん! ヒナなら絶対に勝てる! 絶対にチャンピオンになれる」
お神輿を高く持ち上げられた。
さらに美香さんの加勢でさらに高くまで掲げられた。
「いつかアルティメットフォースにも行きましょう!」
これは落っこちたときが大変だ。
私が謙遜の言葉を発する前に、ヒカリ先生が言い切った。
「もちろん。誠心道場から二人のアルティメットフォース王者が誕生するわ。ね、ヒナさん?」
富士山、いやエベレストくらいかもしれない。
ヒカリ先生は、チームアナコンダへの出稽古の後、美容院の仕事を辞め、専業の格闘家になった。
覚悟の表れか、髪を黒髪に戻している。
その目元はいつも以上に気迫がこもっている。
私も、未練がましく頭の上でちょこんと結んでいた髪を、ほどけたとき鬱陶しいので、チョキンと切った。
プロになったとき、自慢の長い髪をバッサリ切ったときは、自分の半身が切り裂かれるような思いをしたけど、今はへっちゃらだ。
「ちょっとみんな、持ち上げすぎ。ここから落っこちたら即死だよ」
私の言葉にみんなが笑った。
試合前はいつも緊張しているけど、みんなのおかげで不安がやわらいだ。
「着いたわよ」
ヒカリ先生に促されて外の景色を観ると、この間のアスカちゃんのタイトルマッチに使われたドームよりも小規模な会場が映った。
「今回は金網なのね」
早速中に入るなり、沙世さんが指摘した。
「うん。アルティメットフォースは金網のみだけど、RFCは金網のときもリングのときもあるよ。一応、どちらでも対応できるよう普段から練習してるつもり」
金網の質感やマットの感触を確かめようと中に入ると、そこにはセイラさんがいた。
つい先日、チームアナコンダへの出稽古で会ったばかりだ。
目と目が合い、私は会釈をした。
「ハロー、私は選手のセコンドで来ました」
「先日は出稽古でお世話になりました。またよろしくね」
セイラさんはフフっと笑った。
その笑顔は師匠の麗艶さんに似ていた。
「私は、RFCへの切符を手に入れるため、また地道にローカル団体で勝ち星を重ねるつもりでーす。レイエンさんも応援してくれています」
つづけてセイラさんは私の肩に手をおいた。
「トギシに、勝ってくださーい。あなたは私に勝った女なんですから」
セイラさんの気迫のこもった眼差しに、私は頷きで応えた。
「それはどうかしら?」
そこにトギシがやって来た。
私に近づくなり、鼻で笑った。
「王者になる気がなくて、お友達と試合したいだけなら、タイトルマッチじゃなくてもいいでしょ。私に負けた後で、アスカと一晩中イチャイチャしていなさいな」
私はそんな風に思われていたのか。
とっさに言い返せず、黙ってしまった。
そこへセイラさんが加勢した。
「トギシさーん。あなた、勘違いしてまーす。勝ったものが正しい世界です。目標の高さで勝敗は決まりませーん」
トギシはセイラさんを無視して、立ち去ろうとした。
その後ろ姿にセイラさんが声をかける。
「ブレイブカウ、山本ヒナ。その拳は重く、力強く、あなたに襲いかかる。舐めてかからない方が身のためです」
一瞥したトギシさんは、「あっそう。言うだけならタダね」と言い逃げしていった。
セイラさんは私に向き直ると、言った。
「あなたがどんな気持で格闘技してるかワカリマセーン。でもやめないでください。少なくとも私に負けるまでは」
「負けないよ。あなたにもトギシにも」
「その意気でーす。あ、そろそろ開会式が始まりまーす。私はこれで」
セイラさんが金網から立ち去った後、しばらくして開会式が始まった。
開会式が終わり、前座の試合を経て、第六試合目、ついに私とトギシの出番だ。
時間がたっぷりあったので、十分なウォーミングアップができた。
「ま、大丈夫だろうがな。緊張しすぎんなよ」
武田先生に声をかけてもらい、少し気分が軽くなった。
「へっちゃらですよ。少しは場慣れしたので」
「ようし! なら安心だ。俺は総合の経験がない。ヒカリも自分の試合に集中させたいから、セコンドに就かせられない。ある程度指示は出すが、自分の判断を信じてやってくれ」
「ごめんなさいね。私の試合はヒナさんの次だから、闘いに集中したくて」
ヒカリ先生に謝られて、こちらが申し訳ない気分だ。
「大丈夫ですよ。ヒカリ先生、応援してます」
とはいったものの、不安はある。
出稽古では、セコンドの声に耳を貸す素直さを麗艶さんに評価されたが、早速自分で考える判断を要求される状況になってしまった。
「すまんが、頼む。セコンドは沙世にも手伝ってもらうつもりだ。沙世ならアマチュアだが、総合の経験はあるから」
武田先生にそう言われた沙世さんは、前に進み出て言った。
「自信ないけど、指示を出してみる。間違ったことを言ってたら遠慮なく修正していいから」
私はにっこり笑って頷く。
「ありがとう、みんな。美香さんもね」
ずっと沈黙している美香さんにも笑顔を向けた。
彼女は緊張していたのだろうが、私が微笑みかけたことで、はにかんだ。
「私も精いっぱい補助の仕事を頑張るんで、ヒナさんも負けないでください」
私は親指を上げて、応える。
「さてと、お前ら! 気合い入れていくぞ!」
「「「「押忍!」」」」
武田先生の大声に私とヒカリ先生、沙世さん、美香さんは精一杯の押忍で応えた。




