第72話 チームアナコンダ
試合の二週間前、私はトギシ対策として、麗艶さんのいるチームアナコンダに教えを乞うことにした。
環境を変えることで、私のモチベーションを上げようとヒカリ先生が提案してくれたのだ。
今回は、トギシが苦手と思われる寝技主体で行くと決めていたので、寝技の得意な麗艶さんはうってつけだ。
チームアナコンダの規模はフェニックスジムほどではないけれど、誠心道場よりは大きい。
一階建てで、中には試合に近い形のリングと広いマットスペースがあった。
私とヒカリ先生を、麗艶さんとセイラさんが出迎えてくれた。
「ニイハオ」
「ハロー」
なんとも国際色豊かだ。
ふと麗艶さんの顔を見た。
どうしても、麗艶さんの痣の残っている顔に目がいってしまう。
麗艶さんはフフと笑ったあと、言った。
「痕は残らないそうだから、モデル業は続けていけるわ。それよりも初黒星を喫したという心の傷がうずくわね」
冗談めかしているが、顔の傷よりも負けた悔しさのほうが大きいというのは、私もファイターだから理解できる。
そうして私とセイラさん、ヒカリ先生と麗艶さんがそれぞれ握手を交わす。
「麗艶さん。これから三日間お世話になります」
「こちらこそ。もうすぐでタイトルに近づきそうね。楽しみにしてるわ」
麗艶さんとヒカリ先生は以前から、大会などで面識があったそうだ。
やはり階級のちがいもあって、ヒカリ先生の方が骨格や体格はしっかりしている。
でも麗艶さんも、私と同じ階級と思えないくらい背が高い。オフシーズンのためか、頬の輪郭線が若干ふっくらとしている。
麗艶さんは私にも声をかけてきた。
「トギシには私もムカついているから、ボッコボコにしてやってね」
かつてトギシが麗艶さんに喧嘩を吹っかけていたのは知っている。
現在は標的がチャンピオンであるアスカちゃんに変わってはいるけど。
「はい、そのつもりです!」
私は元気よく応え、次いでセイラさんに声をかけた。
「昇竜での試合、観たよ。見事なノックアウト勝ちだったね」
私に敗れた後の試合で、セイラさんは、同じストライカー相手に打撃で勝利している。
彼女は胸を張り、言った。
「私、打撃なら誰にも負けません。あなたに負けたも調子のって、ガード下げてしまったからでーす」
負けてからしおらしくなったかと思いきや自信に満ち溢れている。でもファイターならこのくらい勝ち気な方がいいはずだ。
セイラさんは手を差し出してきた。
「でもあなた、強い。私がRFC行くまで、誰にも負けないでください」
「うん。約束するよ」
ガシっとセイラさんの白く細長い手を握った。
すると、華奢な印象からは想像できないくらい強い握力で握り返された。
麗艶さんがポンポンと自らの手を叩いた。
「感動の再会はそこらへんにしておきましょう。試合まで時間がないわ」
さっそく、練習スペースに案内された。
チームアナコンダの特徴は、フィットネスの会員と選手が同じ空間で別々にトレーニングしていることだ。
フィットネス会員は、バランスボールを使ったエクササイズをしている。
選手クラスは対照的に、スパーリングや激しい追い込みをしていた。
目の前の光景に見入っている私に、麗艶さんが解説してくれた。
「うちのジムは、入口は広くがモットーだから。でも奥は深いわよ」
早速練習開始だ。
チームアナコンダのプロ練は、スパーよりも技の反復練習、いわゆるドリルが多い。
実戦形式の練習が多かったチームフェニックスとは対照的だ。
たしかに、闇雲にスパーをしても、怪我のリスクは高まるし、かえって自由な動きが制限されてしまう。
今回の練習では、デラヒーバという、立った相手に、下から足をからめる体勢からの展開を学んだ。
総合では上からのパウンドがあるから、ここからの攻防はあまり観られない。
私の戸惑いを察してか、麗艶さんが説明してくれた。
「総合格闘技の歴史は浅いから、技術体系は今後変わっていく可能性があるわ。MMAはこうあらねばならないという、決めつけはせず、何でもできるようになっていた方がいいわよ」
納得した私は、慣れないデラヒーバの動きを習得しようと必死で取り組んだ。
麗艶さんがペアになってくれた。
下から足を絡めて、それから…・・・。
あまりやってこなかった動きを体にインプットするのは難しい。
でも楽しい。
「ブラジリアン柔術やグラップリングの経験は?」
麗艶さんに不意に聞かれた。
どちらも寝技主体の競技だけど、道着を着るのが柔術、着ないのがグラップリングだ。
「総合格闘技の経験しかないです」
「なるほど。生粋のMMAファイターというわけね。バックボーンなしでここまで来れるなんて大したものだわ」
麗艶さんに褒められ、浮かれた私は休憩そっちのけで練習に没頭した。
なるほど、足を絡めて、そこから足への関節技や、下からひっくり返すスイープを狙える。
パウンドにさえ気をつければ、総合でも使えるかもしれない。
ドリルはペアで交代しながらやるものだが、麗艶さんは私にずっと技をかけ続けさせてくれた。
「すみません。私ばっかり」
「気にしなくていいわよ。素直に技を吸収してくれるから、教え甲斐があるわ。少なくとも誰かさんよりはね」
麗艶さんの視線の先には、セイラさんがいた。
彼女はつまらなそうに下から足をからめつつ、ぼやいていた。
「レイエンさーん。打撃の練習、まだでーすか? あきまーした」
「好き嫌い言ってると強くなれないわよ!」
セイラさんは力なくイエスと答えた。




