第71話 今後のこと
アスカちゃんがチャンピオンになった大会は、大成功をおさめたものの、余韻にひたっている時間はなかった。
一ヶ月後に、私とヒカリ先生の試合が控えているからだ。
私のRFCのデビュー戦は、因縁のできた鋼トギシに決まった。
いまは一般部の練習が終了した後だ。
沙世さんと美香さんと軽く雑談をしている。
沙世さんに「大会どうだった?」と聞かれた。
一週間後にアマチュアの試合を控えている沙世さんは、少し頬がこけている。
以前は、練習の邪魔になるくらい伸びていた髪も、いまは短く切られている。
「楽しかったよ。それにアスカちゃんがチャンピオンになれたから、すごく嬉しかった」
「これは、何が何でもトギシに勝たないといけないね」
沙世さんの念押しに「もちろん!」と頷いた。
美香さんは有料動画サイトにてリアルタイムでアスカちゃんの試合を観てくれていたそうだ。
より踏み込んで聞かれた。
「リングに上がってましたね。大胆だなって思いました。あれはアドリブですか?」
「うん。少し調子に乗りすぎちゃった」
私の言葉に美香さんは笑った。
格闘技へのやる気を取り戻してからの美香さんは、自信がついたからか、自分を出すことに抵抗がなくなったようだ。
以前だったら、人の顔色をうかがう癖があったけれど、それがなくなったことで、前よりポジティブな印象に変わった。
外見も暖簾のように垂れ下がっていた前髪をバッサリ切って、より可愛らしくなった。
「ヒナさんなら必ずチャンピオンになれます!」
「う、うん」
頷いたものの、自信をもって言い切れなかった。
トギシさんに言われた言葉を思い出す。
『アンタ、勝ちたいと思ってないでしょ? アスカに』
『仮にアスカを倒してチャンピオンになったとして、アンタ、その後はどうするの?』
私はアスカちゃんと闘うことだけを目標にして頑張ってきた。
その先のことは考えていなかったのだ。
でもアスカちゃんがチャンピオンだから、アスカちゃんに勝つということはチャンピオンになるということになる。
沙世さんと美香さんが帰った後、私とヒカリ先生は、マンツーマンで居残り練習をしていた。
軽めのスパーリングをしている間も、その先の物語について思いを巡らしていた。
アスカちゃんと闘い終えたあとでも、私は格闘技を続けていくだろう。
だって好きだから。
でも何を目標にして続けていくのだろうか?
そもそも私はアスカちゃんに勝ちたいのだろうか?
不意に頭部に衝撃が走る。
意識はあるが、その場で軽くよろけて尻もちをついた。
ヒカリ先生も心配していた。
「ごめんなさい。いつものあなただったら、このくらいの攻撃は避けられると思っていたから」
考え事をしていたから、ハイキックをもらってしまったのだ。
これは私が悪い。
「すみません。つい気が散ってしまいました」
ヒカリ先生はスパーリングを一時中断しようと言ってくれた。
「今日のあなたは、ずっと心ここにあらずな印象だわ。何かあったのかしら?」
私はトギシさんと対峙したときに言われたことがずっと引っかかっていると伝えた。
私の打ち明け話に、ヒカリ先生は真剣に耳を傾けてくれた。
聴いたうえで、あごに手を当て言った。
「新藤さんがチャンピオンを目指してきたから、あなたも同じ土俵で闘うために上を目指してきたのね。ヒナさん、あなた自身はチャンピオンにさほど執着していないみたいね」
「すみません」
「謝ることじゃないわ。何をモチベーションとするかは人それぞれだから。でもせっかくここまで来たのだから、私はチャンピオンを目指してほしいと思っている。そして私も、あなたをチャンピオンにするつもりで、今後も厳しい練習を課していくつもりよ」
「ヒカリ先生はチャンピオンを目指しているんですよね?」
先生は「もちろん」と即答した。
「私はまず、RFCのチャンピオンになって何回か防衛して、その後はアメリカのアルティメットフォースに主戦場を移したいと思っている。そこでチャンピオンベルトを巻くのが目標であり、夢でもあるわ」
いまのところ日本人でアルティメットフォースのチャンピオンになった人は一人もいない。
国内の団体で活躍し、鳴り物入りで参戦するも、負け越して、解雇されるパターンがほとんどで、よくて中堅止まり。
タイトルマッチに挑戦できた日本人は数えるほどしかいない。
ちなみに麗艶さんはRFCの王者になってすぐに、アルティメットフォースからのオファーがあったものの、断り、RFCで防衛する道を選んだそうだ。
アルティメットフォースの方が大金を稼げる可能性はあったけれど、そうしなかったのは、負けるリスクが大きかったからだという意見というか悪口もSNSであがっていたらしい。
そのときは、『挑戦しない人間を、リスクを冒さない人間を応援できない』などと、匿名で、なおかつ安全圏からリスクを冒さずに批判する人が多かったという。
「ヒカリ先生はすごいですね。私はまだそれほどの決心はないから」
「かまわないわ。高い目標をかかげたから、高いところに行けるとはかぎらないから。とりあえず目の前の一試合を全力で取り組んでいく、でいいんじゃないかしら」
私は目に気迫を込めて首肯した。
「やるからには全力でやります。絶対にトギシ選手に勝ちます!」
ヒカリ先生は嬉しそうに笑った。
「その意気よ。あなたならできる!」
先のことは分からない。
アスカちゃんとの約束を果たすために頑張るだけだ。




