第67話 鋼トギシ登場
三ラウンド残り一〇秒でアスカちゃんがマウントパンチによるTKO勝利をおさめた。
アスカちゃんは目に涙を浮かべ、ほほえんでいる。
その右手をレフェリーが掲げて勝利者の名前をリングアナウンサーが叫んだ。
「勝者! 第四代RFCストロー級新チャンピオン、新藤アスカ!」
「うわぁぁぁぁぁぁ!」
いけない。
目から汗がしたたり落ち、口からは拡声器を取り付けたのではと思うほどの歓喜の轟音が響き渡った。
「ぢょっどお、ビナ、ごえでがずぎ~!」
愛ちゃんにいたっては、涙声のあまり、ろれつが回っていない。
隣を見ると、いつの間にかさきほどの悪おじ二人組みが戻ってきていた。
二人は途中から試合観戦を再開したのだろうが、拍手を送っていた。
刺青男が感じ入っているといった風に感想を述べた。
「女子の試合も悪くねえな」
スキンヘッドの男も興奮した調子で頷く。
「ああ。すげえ試合だったな」
すると愛ちゃんに肘でつんつんと腕を突かれた。
「なにニヤニヤ笑って、勝ち誇ったような顔をしてんのさ」
私は笑って言った。
「これはアスカちゃんの勝利というだけじゃない。女子格闘技の勝利だよ。決して女子の格闘技が男子に劣るものじゃないってことを証明してみせたんだよ。アスカちゃんがだけど」
再び観客席に視線を戻すと、アスカちゃんは、意識を取り戻して立ち上がった麗艶さんと話をしていた。
険悪な雰囲気ではなく、互いが互いを称え合っているかのようだった。
会話はすぐに終わり、RFC取締役の原田代表と入れ替わる形で、麗艶さんがリングを去る。
「すごかったぞー! 麗艶!」
「またがんばれよー!」
会場からは麗艶さんに対する声援もちらほらあった。
原田代表から、勝利者トロフィーとチャンピオンベルトをアスカちゃんは手渡された。
左手でトロフィーを持ち、右肩にベルトをかけて真正面に向けて微笑みを浮かべている。
スクリーンにアスカちゃんの顔がアップで映る。
「やっぱり痣だらけだね。まあ、あれだけ殴り合ってたらそうなるかあ」
愛ちゃんが圧倒されて言う。
「そうだね。でも闘いの勲章だよ。カッコいいと思う」
「んだんだ」
私の言葉に愛ちゃんが頷いた。
そうだ。カッコいいのだ。
勝ったアスカちゃんも、負けた麗艶さんも、負けるかもしれないリスクを背負ってこのリングの上で死闘を繰り広げたのだから。
いま、アスカちゃんは満面の笑みを浮かべた原田代表と一言二言、言葉を交わしている。
おそらく原田代表は、アスカちゃんが新王者になることを、この結果を望んでいたのだろう。
史上最年少のRFC王者の誕生という話題ができたのだから。
嬉しそうに笑みをたたえたままの原田代表は、後方に下がった。
続けてアスカちゃんの勝利者インタビューに移った。
「おめでとうございます。素晴らしい勝利でした」
インタビュアーの言葉に頷くと、「ありがとうございます」と返し、続けて答えた。
「麗艶選手は強かったけれど、なんとか勝つことができました。でも私の力は、まだまだこんなものじゃない。もっともっと練習して成長して伝説のチャンピオンになります」
「素晴らしい意気込みですね。この勝利をまず誰に伝えたいですか?」
しばし間をおいたのち、大きく息を吸い大きな声で答えた。
「お父さ、父です! 私の父、新藤源治はいま病と闘っています。今日が手術の日です。私は父が勝ってくれると信じています!」
次に防衛戦で最初に闘いたい相手は誰ですかという質問をされた。
アスカちゃんははっきりとした大きな声で叫んだ。
「ブレイブカウ、山本ヒナ選手です!」
多くの人にとって予想外の名前だったのだろう。
会場がざわついた。
心なしか原田代表の表情も固くなっている。
インタビュアーも同様のようだ。
「失礼ですが、山本ヒナ選手というのは、どのような選手ですか?」
私はいままでプロ昇竜の大会にしか参戦していない。
さほど有名というわけではない。
「とても強い選手で私のライバルです」
またもや不意打ちだ。
カメラでクローズアップされた。
私の顔が突然スクリーンいっぱいに広がる。
思わずこわばってしまう。
そんな私の心境を知ってか知らずか、愛ちゃんは、両手で私を指さしながらニシシと笑っている。
プロならここで行くべきだろう。
そう思った私は席を立ち、リングに近づいていった。
完全なアドリブだが、リングに上がるのを係の人に止められはしなかった。
インタビュアーは若干驚いていたが。
アスカちゃんはインタビュアーにベルトとトロフィーを預け、リングに上がってくる私をじっと見つめていた。
私もアスカちゃんの強い眼力を真正面から受け止める。
ガチスパーのときも対峙したけど、あらためてみるとアスカちゃんは、ずんぐりした私より背が高い。
見上げる形になる。
でも横幅なら私の方がある。
パワーなら私が上かもしれない。
そんなことを分析している自分がいた。
アスカちゃんは拳を胸の前に掲げるファイティングポーズをとり、私もそれに応じる。
そのときだった。
「ちょっと待ちなさーい!」
落ち着いているが、大きくしゃがれた声だった。
青い字で『自由』と書かれているタンクトップ状のラッシュガードを着た人がリングに上がってきた。
下には黒のスパッツを履いている。いまからでも試合ができそうな身なりだ。
鋼トギシその人だ。
本名は羽賀徹子。
レスリングでインターハイ出場の記録を持つけど、総合格闘技の戦績は一勝一敗。
年齢は二三歳だが、私より経験が浅い。
けど、やはりというか、筋肉量がかなりあり、上腕二頭筋の太い血管が縦に浮き出ている。
さらに日に焼けた浅黒い肌が筋肉の質感を際立たせおり、硬そうな黒い髪は後ろでまとめてお団子状にしている。
トギシさんはリングに上がるなり、アスカちゃんに食ってかかった。
「あんたねえ、早瀬ジュリを成敗したアタシをさしおいて話を進めるってどういうことよ?」
アスカちゃんは口をつぐんでいる。
話下手で、アドリブが苦手なのは変わらないようだ。
次いでトギシさんは私に敵意を向けてきた。
「ここにあんたの居場所はないわよ。引っ込んでなさい」
拳を私に向け、宣戦布告してきた。
恥ずかしいけど、ここは行くときだ。
「居場所は自分で作るものです。私は逃げません」
互いに拳を向け合った状態で対峙する。
レフェリーのようにアスカちゃんが中央を陣取っている。
会場は盛り上がるかと思いきや、ブーイングが巻き起こる。
「早くリングから降りろ!」
「さっさと本番を始めろよ!」
激しく騒がしいブーイングに耳を塞ぎたくなった。
どうやら観客は、次の試合、本日のメインイベントを観たいようだ。
私たちは、スタッフに促され、すごすごとリングを去る。
リングを降りてすぐのところで、背後から声をかけられた。
トギシさんだ。
「アンタじゃ、いや、あの王者も、誰も私の持って生まれたパワーには勝てない」
「わかりませんよ。勝敗はパワーだけで決まるものじゃないですから」
私はあえて、そのいわくつきのパワーについてはツッコまなかった。
するとトギシさんはふぅーっとため息を吐いた。
「煽りがいがないわね。アンタ、たしか新チャンピオンとお友達らしいわね」
「違います。ライバルです。彼女と闘うことが私の夢です。それまでは私、絶対に誰にも負けませんから」
するとトギシさんはあざ笑った。
「夢ねえ。可愛い夢だこと」
含みを持たせた言い方に怪訝な顔をすると、トギシは問いかけてきた。
「アンタ、勝ちたいと思ってないでしょ? アスカに」
言葉に詰まった。
「アンタは闘いたいとは言っているけど、勝ちたいとは言っていない」
「そんなことは・・・・・・」
言い終える前に、トギシが話を続けた。
「アスカを倒してチャンピオンになったとして、アンタ、その後はどうするつもり?」
「えっ、それは……」
言い終える前に、トギシは興味を失ったようにその場を後にした。




