第66話 アスカVS麗艶 決着
アスカちゃんが上からパンチをどんどん打ち込んでいく。
殴る殴る殴る殴る。
麗艶さんも自分がひっくり返されるとは予想してなかったのだろう。
反応が遅れ、すぐにガードポジションに入れず、上からのパンチを何発も被弾した。
下から足を利かせてなんとかガードポジションに戻した麗艶さんだけれど、まだ劣勢だ。
アスカちゃんは右腕を折り畳み、角度をつけ肘を打ち込んだ。
「肘打ち! えぐいねぇ!」
アスカちゃんの怒涛の攻撃に、愛ちゃんが興奮しながら叫ぶ。
ルールで認められているので、問題ないけど、たしかにえぐい技だ。
そして効果的な技だ。
「麗艶さんの顔が血だらけになってる。アスカちゃんの肘で皮膚をカットしたんだ」
アスカちゃんも血を流し、麗艶さんも血を流している。
上になったアスカちゃんの血がしたたり落ち、それが麗艶さんの血と溶け合った。
「アスカ! このまま行っちゃえ!」
愛ちゃんが声援を送ったそのとき、麗艶さんの足が上に上がった。
来る!
三角絞め!
ガッチリと組まれた。
一瞬だがアスカちゃんの動きがピタリと止まった。
それに合わせて会場も一瞬静かになった。
アスカちゃんは、麗艶さんごと立ち上がった。
そして、三角絞めを掛けられたままマットに叩きつけた!
会場から再びどよめきが起こった。
同じ体重の相手を力技でマットに叩きつけたアスカちゃん。
叩きつけられてもなお三角絞めをあきらめない麗艶さん。
両者への称賛がやまなかった。
残り二分。
第一ラウンドの終わりに近い体勢になった。
執念深く三角絞めで捕らえつづける麗艶さん。
それを堪えるアスカちゃん。
「アスカ、耐えられるかな?」
ちらと愛ちゃんを見るが、心配そうにリングを見つめているその瞳は赤くなっている。
仮に耐えられたとしても、判定がどう転ぶかわからない。
一ラウンド目はアスカちゃん、二ラウンド目が麗艶さん、そしていま行われている最終ラウンド。
序盤のアウトボクシングでアスカちゃんがいまのところ有利だけど、総合は採点が難しく、ジャッジの評価が割れるのは、よくあることだ。
総合格闘技の昔の採点基準だと、寝技で上になっているだけでポイントになる時代があったらしい。
でも今は違う。
上になったとしても、そこからパンチを打つなり、関節技を仕掛けるなり、有効なアクションを起こさないとポイントにつながらなくなっている。
そのときだった。
アスカちゃんが、三角絞めから脱出して立ち上がった。
観客から声援が巻き起こる。
三ラウンド目に突入し、互いに汗をかいており、すべりやすくなっていること。
三角絞めは足の力をかなり使うので、仕掛けている方にも負担が大きく、絞める力が弱まったこと。
この二つが三角絞めを脱出できた理由だろう。
立ち上がり、見下ろすアスカちゃんは手で来い来いとアピールしている。
対する麗艶さんも、寝た状態から、両手で来なさいとアピールしている。
しばしのにらみ合いの末、レフェリーが麗艶さんに立つように促した。
残り一分三〇秒弱。
スタンドでの再開だ。
「アスカの得意な立った状態からだね」
「うん。残り時間を考えると、麗艶さんがタックルに行くチャンスは一回。いまのところアスカちゃんが有利だよ」
女王は再びガードを固める。
対するアスカちゃんも呼応するようにガードを顔まで上げた。
最初に踏み込んだのはアスカちゃんだった。
マットを踏み込む音が聞こえるほどの勢いだ。
麗艶さんも負けていなかった。
コンマ五秒差だが、遅れて強くマットを踏み込んだ。
お互いが急接近したので、肩と肩がぶつかった。
本当はアスカちゃんが飛び込んでのワンツーを打つつもりだったのだろうが、麗艶さんも前に出たため、距離が近くなりすぎた。
アスカちゃんは距離をおくために下がるだろう。
効果的にパンチを当てるには、ある程度の距離が必要だからだ。
しかし下がらず、肩をぶつけあったままの状態から、アスカちゃんは横からの肘打ちを顔面に当てようとした。
麗艶さんはかろうじて腕を畳んで肘をガードする。
そこから流れを断ち切るように、麗艶さんが、顔面への膝蹴りを放った。
ここまで高く上がるのかというくらい上がったが、アスカちゃんは両腕でブロックした。
しかしそこで止まらず、上げた膝を下ろすタイミングで、アスカちゃんの首根っこを両腕で掴まえ、反対の膝でボディへの膝蹴り。
アスカちゃんの体がくの字に折れ曲がる。
今のはかなり効いたかもしれない。
アスカちゃんの動きが一瞬止まる。
麗艶さんはさらに、両腕で上から体重を浴びせ、前かがみにさせる。
「危ない! 顔を下に向けちゃダメ!」
私は必死に叫んだ。
顔面への膝蹴り。えぐい音がした。
アスカちゃんが前かがみになっている分、やすやすと届いた。
膝蹴りでより深く、皮膚をカットしたようだ。
かがんでいるアスカちゃんの顔から血が流れ、マットにしたたり落ちる。
そこから麗艶さんは両腕をアスカちゃんの首と片腕に巻いた。
そして両者倒れ込んだ。
いや、違う。
麗艶さんが寝技の蟻地獄に引きずり込んだのだ。
「何あれ?」
「アナコンダチョーク。麗艶さんが以前、タイトルマッチでドゥーネ選手に仕掛けた技だよ」
アスカちゃんの顔が真っ赤になる。
極まりかけている。
その間も麗艶さんは、アナコンダチョークを仕掛けている状態から、膝蹴りの連打をアスカちゃんの頭部に見舞う。
あと三〇秒。
耐えられれば、判定ではおそらくアスカちゃんに・・・・・・。
でももし、アナコンダチョークもしくは膝蹴りが、アスカちゃんの意識を断ち切ってしまえば、麗艶さんが勝ってしまう。
まだ勝負の行方はわからない。
私は必死に叫んだ。
「このまま終わっていいのか! いけっ! アスカっ!」
アスカちゃんはプロになってから、いままで打撃によるノックアウト勝ちで勝ってきた。
判定になったことはない。
もちろん勝ち方にこだわって勝てるほどたやすいチャンピオンじゃないけど、完全決着を望んでいるはずだ。
ここはリスクを冒してでも、勝負に出なくちゃいけない。
挑戦者ならなおさらだ。
アナコンダチョークを綺麗に極めるためには、両腕の絞めだけでなく、自分の足を相手の足にひっかけて固定する必要がある。
麗艶さんの足はまだアスカちゃんの足にかかっていない。
そのとき、アスカちゃんの頭部がガバッとプールで息継ぎをするように起き上がった。
「よっしゃー!」
愛ちゃんが雄たけびを上げた。
足のロックが不十分だったので、助かった。
残り二〇秒。
長丁場の死闘、さらにアナコンダチョークの絞めによる疲れが出たのだろう。
麗艶さんの反応が遅れた。
それを見逃すアスカちゃんではなかった。
彼女はここぞとばかりにサイドポジションをとり、そこからすかさずマウントポジションに移行した。
「すっご! アスカが馬乗りになってる!」
上からアスカちゃんがパンチ、肘、パンチ、肘。
雨あられと落としていく。
「「いっけえー!!」」
愛ちゃんと私の声が呼応し、観客のボルテージも最高潮に達した。
麗艶さんが手でパンチをさばこうとしたり、下から動いてアスカちゃんのバランスを崩させようとしたけど、アスカちゃんはビクともしなかった。
その間もアスカちゃんは冷徹にパンチを落とし続けていく。
殴る殴る殴る殴る。
やがて麗艶さんが動かなくなるのを見て、レフェリーが割って入り、試合をストップさせた。




