第6話 アスカの父
日曜日、第一発見者の高橋先生に加え、それぞれの親らも集められた。
私の両親も来ており、ちなみに親が二人とも来ていたのは、郷太くんと私の家だけだった。
部屋にはソファが向かい合わせで二つあったが、人数が多いので、先生たちを含めた大人たちはソファの後ろに立ち、子どもたちだけが座っていた。
リンカちゃんは腕を包帯でグルグル巻きにして肩から吊るしていた。
鼻を折られた郷太くんはガーゼで鼻を保護していた。
アスカちゃんも無傷ではなく、砂をかけられたときに目を負傷したらしく、右目に眼帯をつけていた。
私はというと、郷太くんにぶたれたものの、目立った外傷はない。
アスカちゃんのお父さんは腕を組んでいた。
加害者である二人の親は、怒りを体の中に溜め込んでいるようだった。
うちの父だけは、ハンカチで額から流れ出る汗を拭きつつ、申し訳なさそうにしていて、母は緊張した面持ちだった。
最初に口を開いたのは、郷太くんのお母さんだった。
うちのお母さんより若く、美人だが化粧は濃かった。
「子どもの喧嘩ですよ? それで、相手の鼻の骨を折りますか? もし鼻が元通りにならずに曲がってしまったらどう責任取るつもりなんですか?」
便乗してリンカちゃんのお母さんも声を張り上げた。
「リンカはピアノのコンサートを控えていたんです。それなのに腕を怪我して出場できなくなりました。あまりにも可哀そうです」
本来ならば加害者であるはずの二人の母親がここまで怒るのも無理ないなと思ってしまった。
もちろん怪我の具合が酷いというのもあるだろうけれど、それ以上にアスカちゃんのお父さんの態度が悪かったからだ。
アスカちゃんの親は父親しか来ていない。
これが初対面だ。
半袖のシャツにジーンズという質素な身なりだ。
浅黒い肌をしており、筋肉質だけれど、背は低かった。
そのアスカちゃんの父親が、母親たちの抗議を、フッと鼻で笑った。
高橋先生が注意する。
「新藤さん、その態度はないんじゃないでしょうか?」
さらに、郷太くんのお父さんも顔を真っ赤にして激昂した。
うちの父と同じく横幅があるけれど、違うのは、筋肉でできている点だ。
さらに太い首に刺青をしていた。
鎖のような模様で、闘犬を思わせるものがあり、正直言ってこわい。
「お前、郷太に怪我させて何を笑っとんじゃ!」
そのとき新藤さんは鷹のような鋭い眼光をつきつけた。
すると、さきほどの威勢はどこへやら。飼い主に叱られた犬のように、郷太くんのお父さんはちぢこまった。
その場に居合わせたほぼ全員がびくっと体を振るわせた。
アスカちゃんだけは、じっと姿勢よく座ったまま微動だにしない。
新藤さんの眼光は鋭いが、右目だけ焦点が合っておらず、それがかえって不気味さを増していた。
つづいて源治さんは、腕を組んだまま笑った理由を答えた。
「笑ってすみませんね。まるで自分たちが被害者であるかのような口ぶりがおかしくてね」
郷太くんのお母さんは、新藤さんを怒らせては危険だと思ったのだろう。
さきほどより落ち着いた調子で言った。
「もちろん新藤さんと山本さんに先に手を出した郷太に非があるのは認めます。申し訳ありませんでした。ですが、限度というものがあるでしょう」
また鼻でフッと笑った。
今度は郷太くんのお父さんもぐっと堪えている。
新藤さんは、自らの頭をとんとんと人さし指で叩いた。
「腕ではなく頭ですが、アスカも私とのスパーリング、要は練習で軽い脳しんとうを起こしたことがありました。いいですか? 人を殴ったり蹴ったりするというのは、そういうことなんですよ。自分が傷つけられる覚悟のあるものだけが暴力を振るうことを許されるのですよ」
そのときだった。
これまでひと言も声を発しなかった私の父が、異を唱えた。
「私はどんな理由があっても暴力を振るうことはあってはならないと思っています。今回は私の娘が被害者でしたが、ひょっとしたら加害者になっていたかもしれない。暴力というのは恐ろしいものです。傷つけられる覚悟があるなら自分は暴力を振るっていいということにはならないと思いますよ」
普段はのほほんとして平和主義者な父が、汗をかきながら、新藤さんの目を見て自分の意見を言っているのに驚いた。
相当怖いだろうに。
「ならば、ヒナちゃんがいじめられっぱなしでよかったと言いたいのですか?」
「そうは言っていませんよ。ですが子供に暴力を肯定するような教育をするのは望ましくないと言いたいのです」
「実に甘い。甘すぎる。そんなだから自分で自分の身を守れない、自分で自分の尻拭いをできない、ひ弱な子供ばかりが育つんですよ」
父はまだ何か言いたげだったが、高橋先生が割って入り、それ以上ややこしい口論になるのは避けられた。
この事件は口頭注意で穏便に済まされた。
リンカちゃんたちもトラウマになったようで、以降は私やアスカちゃんに近づかなくなり、学校での問題行動も控えめになった。




