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第5話 腕十字

 アスカちゃんの言葉通り、まだ終わりじゃなかった。

 背後からリンカちゃんが拳を振り上げ、襲いかかってきたのだ。

「危ない!」

 私の叫びに呼応するかのごとく、アスカちゃんの足が一本になる。

 リンカちゃんが吹っ飛び、尻もちをつく。

 

 速くて見えなかったけど、蹴ったのだ。

「足刀蹴り。サイドキックともいう。遠い距離から蹴ることができるけれど、相手を倒すには不向きな技」

 でも倒せてる。

 そうツッコミを入れるより前に、アスカちゃんはゆっくりとリンカちゃんに歩を進めていく。

 そして低い声で凄んだ。


「これ以上、ヒナさんに何かしようとしたら殺す」

 リンカちゃんの声が涙声になって、ビクッと体も震えた。

「ご、ごめん。ごめんなさい。もうしないから。許し……」

 私は異変に気づいた。

 涙声だが、これはリンカちゃんがよくウソ泣きをするときの声音に似ていたからだ。

 ふとリンカちゃんの右の手が握りこめられているのに気づいた。

「気をつけてアスカちゃん! 何かしようとしてる!」


 でも遅かった。

 リンカちゃんは、アスカちゃんの顔目がけて、グラウンドの砂を投げたのだ。

 これにはさすがのアスカちゃんも、顔をそむけ、手で目の前を覆った。

「反則だよ! やめて、リンカちゃん!」

 私の必死の叫びもむなしく、リンカちゃんの体当たりがアスカちゃんに直撃した。

 アスカちゃんは真後ろに転倒した。

 地面に頭をぶつけたせいか、すぐに反応できず、リンカちゃんに上をとられてしまった。

 リンカちゃんは「くそっくそっ」と叫びながら、下になっているアスカちゃんの顔を何度も殴った。

 このままじゃアスカちゃんが危ない。

 私はアスカちゃんを助けるため、駆け出そうとした。

 けれど、その必要はなかった。


 異様な体勢になっていた。

 下になっているアスカちゃんがリンカちゃんの腕に体全体で抱きついている。

 まるでコアラのようだ。

 対するリンカちゃんの腕はピンと伸びていて、さらに顔は苦しそうだ。

 何をしているのだろうか。

 よくわからないけれど、腕に何かをしているのだろう。

「痛い! 参った。参ったから、許して!」

 リンカちゃんの懇願に対し、アスカちゃんは非情だった。


「ダメ」


 そのとき、バキッとかグギッといった聞きなれない、何かが壊れたような音がした。

 おそらくリンカちゃんの腕だ。

 アスカちゃんは抱きつくのをやめ、立ち上がる。

 そして、悲鳴を上げながらその場でねずみ花火のようにのたうち回るリンカちゃんを、冷たい眼差しで見下ろしていた。

「腕十字。相手の肘を、てこの原理を使って逆方向に引き伸ばすことで破壊する関節技。上からでも下からでも極められる。今のは下からの腕十字」


 アスカちゃんが私に駆け寄った。

 右目は、砂のせいで腫れて充血していた。

「怪我はない?」

「うん。ヘッチャラだよ」

 私はにっこりと笑った。

 すると頬を撫でられた。

「ほっぺた、赤くなってる」

「来てくれなかったら、もっとひどいことになってたよ。アスカちゃんこそ大丈夫?」

 アスカちゃんは、返事をする代わりにかすかにほほえんだ。

 

 だが余韻にひたっている場合ではなかった。

 厳しいことで有名な体育教師の高橋先生が駆けつけたのだ。

 少しの間、口をポカンと開けて呆然としていたが、すぐに鬼教師の顔に戻った。

「お前たち、何をしている!」

 話を聞くと、グラウンドで騒いでいる私たちに気づいた生徒が先生を呼んだのだという。

 それからが大変だった。

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