第4話 アスカVS不良
小学五年になっても私とアスカちゃんと愛ちゃんの関係は続いた。
五年では、アスカちゃんといっしょのクラスになることができたので、嬉しかった。
実は、ひそかに四年のとき、担任の先生に、アスカちゃんと愛ちゃんと同じクラスにしてくださいとお願いしていたのだ。
残念ながら愛ちゃんとは別のクラスになっちゃったけど。
アスカちゃんに「五年になってからもよろしくね」と笑いかけると、アスカちゃんも微笑みを返した。
まだ固さはあるけど、幼稚園のころと比べたら表情がとても柔らかくなった。
「よろしく、ヒナさん」
まだどこかよそよそしく、さん付けを欠かさない。
呼び捨てでもいいのにと思ってしまう。
そのときだった。ひそひそしていない陰口が耳に入る。
「あいつ、アスカと仲よくしてる」
「あんな暗い奴のどこがいいんだ」
リンカちゃんを中心としたグループだ。
彼女は美人で男女問わず人気が高い。
でも気が強く、とかく人の悪口が多いので、私は苦手だった。
関わりたくないと思い、一回話したきり、彼女を避けるようになっていた。
アスカちゃんの手を引っ張り、教室を出てから励ました。
「さっきの、ああいう悪口は無視が一番だよ」
アスカちゃんは頷いた。
強い肉体を持っていても心はまだ子ども。
傷つかないはずがない。
「でもね、本当にいじめとかになったら先生に言った方が良いよ」
するとアスカちゃんはかすかに笑った。
いままでとは異なる不敵な笑みだった。
「そのときは、返り討ちにする」
「わー。こわーい」
少し胸騒ぎがしたが、悟られまいと私は笑った。
何か嫌なことが起こらなければいいけれど。
お昼休み、私はいつものようにグラウンドの、私とアスカちゃんがよく運動している鉄棒に向かった。
そこには先客がいた。
六年生の郷太くんと同じクラスのリンカちゃんだ。
郷太くんは、密かにタバコを吸っているという悪評のある、いわゆる不良だ。
放課後に学校の外で、ガラの悪そうな中学生とよくつるんでいる。
二人は鉄棒を使うわけでもなく、運動するでもなく、その場で雑談をしていた。
鉄棒を使わないなら、場所を譲ってもらえませんか、と言うのは勇気が要る。
私にはそれができなかった。
踵を返してグラウンドを後にしようとすると、背中越しに小学生にしては低くドスの効いた声が耳に響く。
郷太くんだ。
「おい。お前、いつもみたいに鉄棒、使わなくていいのか?」
私は向き直る。
不良の郷太くんは背が高く、威圧的で怖い。
「場所を譲ってくれるんですか? ありがとうございます」
低姿勢でお礼を言うと、不良少年は鼻で笑った。
「それなりの見返りがないとな」
「見返り、ですか?」
おそるおそる尋ねる。
嫌な予感しかしない。
「お前、アスカと知り合いだよな。アイツをここに呼んで来い」
私は呼びかけを無視して早々にここから立ち去るべきだったと後悔した。
おそらく、いや確実に、アスカちゃんをみんなで寄ってたかっていじめるつもりだ。
「嫌。友だちを危険な目に遭わせたくないです」
するといきなり郷太くんに手首を掴まれた。
骨が折れたのかと思うくらい痛い。
「痛い。放してください」
私がでたらめに暴れると、靴が急所に当たったようで、郷太くんがうめき声をあげた。
すると頬を叩かれた。
よろけて転倒した私の上に郷太君がまたがった。
「くそ! ぶっ殺す!」
涙で視界がにじむ。
両親にも学校の先生にも暴力を振るわれたことはない。
世界は私に優しかった。
当たり前だと思っていたけど、その前提が大きく崩れ去った。
「ヒナさん!」
そのとき大きな声がした。アスカちゃんだった。
郷太くんは立ち上がり、私は解放された。
「ちょうどよかった。お前に用があったんだよ」
アスカちゃんは険しい顔のまま、無言で拳を顎付近にかかげ、脇を締めた。
郷太くんの後ろからリンカちゃんが声をあげる。
「気をつけなよ。そいつやってるから」
郷太くんは片手を挙げ、ひらひらさせる。
「格闘技ごっこだろ? 実戦じゃ使えねえ」
アスカちゃんは、少し笑っていた。
「試してみる?」
年下の女子の挑発的な態度に腹が立ったのか、郷太くんは眉間にしわを寄せた。
即座にアスカちゃんの顔めがけて、殴りかかった。
「生意気なんだよ、お前!」
横殴りの拳だ。当たったらひとたまりもない。
けど郷太くんの拳は空を切る。
アスカちゃんが、かがんでかわしたのだ。
だが攻撃は一発で終わらなかった。
矢継ぎ早にパンチの連打を繰り出した。素人の私から見ても速い。
でもその全てをアスカちゃんはかわした。
「すばしっこいな、くそ」
息をぜいぜい言わせながら、郷太くんの動きが止まる。
瞬間、郷太くんは真後ろに転倒した。
うめき声をあげながらうずくまっている。
「何が起こったの?」
アスカちゃんは、視線を郷太くんに向けたまま、私の問いかけに答える。
「ストレートパンチ。真っすぐの軌道で放たれるパンチ。一般的に前の手でなく、後ろの手で打つ。距離がある分、前の手よりも威力が高く、相手を倒すことができる技」
こんな状況で、辞書のように淡々と解説するアスカちゃんに圧倒された。
郷太くんは鼻をおさえている。血がどくどくと流れ出ていて怖かった。
アスカちゃんが私の方を向いた。
殺されるんじゃないかと思うくらい覇気に満ちていた。
アスカちゃんに近づこうとするも、手で制される。
「まだ終わりじゃない」




