第3話 三人でお出かけ
小学生になってからも私とアスカちゃんと愛ちゃんは同じ学校だった。
アスカちゃんとは、よく昼休みにグラウンドでかけっこをしたり、いっしょに鉄棒や腕立てをしたりした。
小学校三年になっても相変わらずだった。
初夏の昼休みは日が照っていて暑かったが、まだ大丈夫だった。
私とアスカちゃんはいつものように鉄棒で懸垂をしていた。
「アスカちゃん、本当に運動神経良いよね。ついていくのがやっとだよ」
「ヒナさんも前より体力ついてきている」
そう言いながら、私が三回でギブアップした懸垂を片手で十回もこなした。
「すごいすごい。どうしたらそんなにできるようになるの?」
すると鉄棒を放した彼女は静かに着地すると、「毎日」と呟いた。
「毎日鍛える。そうしたらいつかできるようになる」
「すごいね。私なんか足手まといかな」
アスカちゃんは首を振った。
「そんなことない。一人でやるより頑張ろうって気になる」
「ならよかった。でもごめん。明日は愛ちゃんと昼休み遊ぼうって約束してるから」
愛ちゃんも幼稚園からの友人だけれど、この当時の愛ちゃんは、アスカちゃんが苦手だった。
アスカちゃんはどうかというと、人見知りのせいか、愛ちゃんだけでなく私以外の友だちと遊ぶことそのものを避けていた。
「気にしなくていい」
おそらくアスカちゃんは、明日も一人で黙々と運動をするのだろう。
太陽の傾きが変わったのか、彼女の顔に影が差していた。
「そういえばさ、今年は別々のクラスになったけど、同じクラスの人とは仲良くしてる?」
「それなりに」
曖昧な回答に不安をおぼえた。
アスカちゃんは気にしていないみたいだけれど、彼女にとって私とだけ遊んで他の友だちを作らないというのはどうなのだろうと思ったのだ。
「ねえ、今度の休日、愛ちゃんも入れて三人で遊ばない?」
私の提案に、アスカちゃんはかぶりを振った。
「愛、さんは私を嫌っている。たぶん」
「考えすぎだよ。それにお互いのことを知ったら友だちになれるかもしれない。ねえ、一緒に遊ぼうよ」
「わかった。予定空けておく。朝は練習があるから、午後からで」
「ありがとう! よろしくね」
休日、無料の直通バスで行けるショッピングモールに午後一時に集合することになった。
家から近いバス停で待っていたら、愛ちゃんの乘ったバスが来た。
乗車すると、愛ちゃんの隣の席が空いていたので、そこに座った。
愛ちゃんのトレードマークの左右に結った髪は幼稚園の頃より長くなり、毛先はピンク色に染められていた。
学校の先生から髪を染めるなと注意を受けていたが、聞く耳を持たなかった。
「今日は来てくれてありがとうね」
「別にいいって。で、アスカは?」
愛ちゃんの青い瞳がこちらに向けられた。彼女は当時、カラーコンタクトを入れていた。
「走って向かうって言ってた」
しばらくしてショッピングモールに着いた。
真ん中に大きな複合施設が一つあり、その周辺に色々な店が集まっていた。
バス停にはアスカちゃんがいた。
紺のトレーニングウェアの上下という出で立ちだった。
もう少し可愛い服を着ればいいのにと思った。
でも、毎日運動していたアスカちゃんの立ち姿は当時から綺麗だった。
体型もスラッとしていた。
私はうつむいて自分の服装を見た。
当時から私は、太っているのをごまかすために、ふわっとしたワンピースを好んで着ていた。
少しでも可愛らしく見せるためにピンク色のフリルのついた服を選んだけれど、美少女二人と並ぶと、嫌でも自分の不格好さを思い知らされた。
私の唯一のチャームポイントは肩まで長く伸ばした髪だった。
少し癖毛なので、微妙にカールしているところもあるが、手入れは欠かさない。
綺麗な髪だと我ながら思っていた。
染めたわけでもないのに、赤っぽい髪の色にコンプレックスを抱いていたときもあったけれど、児童小説の主人公、赤毛のアンのようだと思えば愛らしいと開き直るようになった。
「おはよう!」
「おはよう」
元気よく挨拶したら、アスカちゃんも挨拶を返してきた。
口角が上がっている気がした。
アスカちゃんは愛ちゃんに少し近づいて頭を下げた。ただし視線は外さなかった。
「おはようございます。愛さん」
愛ちゃんも「おはようさん」と短く返した。
「休みの日にも運動を欠かさないなんてすごいね。ここまでどのくらいかかったの?」
私の質問にアスカちゃんは短く答えた。
「三〇分」
「すごい。私もたまに近所を散歩するけれど、三〇分も歩いたらへとへとになっちゃうよ」
愛ちゃんは服の襟をパタパタして風を取り入れ、言った。
「早く中に入ろう。外は暑いし」
その後は、アパレルショップで服選びをしたものの、結局お金が足りなくて、退散したり、ゲームセンターでアスカちゃんが高得点をたたき出し、景品を手に入れたりした。
可愛らしい牛のぬいぐるみをゲットした。
アスカちゃんのお父さんはおもちゃを買うと怒るらしいから、ぬいぐるみは私がもらうこととなった。
不意にお腹が空いた。
二人ともお昼ごはんを食べていなかったらしく、モール内のどこかで食事をしようということになった。
値段との兼ね合いでハンバーガーショップにしようと愛ちゃんが提案した。
私も賛成だったが、アスカちゃんは首を縦に振らなかった。
「ハンバーガーは体に良くないってお父さんが言っていたから」
「少しくらいなら大丈夫だって」
愛ちゃんの説得も頑なに拒否した。
三人で話し合い、定食屋に入ることにした。
私はチキン南蛮定食の大盛りを、愛ちゃんは焼きサバ定食を、アスカちゃんは照り焼きチキンの単品だけを頼んだ。
「アスカちゃん、ご飯はいいの?」
「今は大丈夫」
「っていうかヒナ、今日も大盛りなんだね。また太るよ」
「うう。太るって言わないで。せっかくの定食が楽しめなくなっちゃうよ」
「ごめんごめん」
食べるのが大好きな私にとっては驚きだが、アスカちゃんだけでなく、愛ちゃんも食事に気をつけている。
もっともそれは健康や体力をつけるためでなく、美容のためだ。
愛ちゃんはコップに入った水を口に含んだ。口紅でコップのふちが赤く染まった。
「そういえば化粧、してる」
ボソリとアスカちゃんが指摘した。
愛ちゃんはお出かけのときはいつも化粧をしている。
今日は口元だけでなく、頬にもチークをつけている。さすがに学校ではしていないけれど。
「似合ってるでしょ。アスカもしてみたら?」
「いつも運動してるから、汗で化粧がとれる」
「せっかく素顔が可愛いのに。もったいないなあ」
品定めするような愛ちゃんの視線を浴びながら、アスカちゃんはじっとして口も目も動かさない。
少し居心地が悪そうだった。
そろそろ帰る時間になった。
アスカちゃんは行きと同じく帰りも走るという。
「愛さん、ヒナさん、今日はありがとうございました」
深々と頭を下げるアスカちゃんに、なんだかこちらの方が申し訳なくなってしまう。
「アスカちゃんこそ来てくれてありがとう。楽しかったよ」
私と愛ちゃんは行きと同じくバスで帰った。
窓側の席の愛ちゃんが外に視線を向けたままぼそりと言った。
「なんつうか、アスカって絡みづらい子だよね。話がふくらまないっていうか」
「口下手なんだと思う。学校でも私以外の子と喋っているの見たことないんだ」
「悪い子じゃないというのわかったけどさ」
窓から映る西日がまぶしい。愛ちゃんは手を顔の前でかざした。
「これからもアスカちゃんと仲良くしてほしいな。お願い」
すると愛ちゃんはこちらに振り向き、ほほえんだ。
「ヒナはさ、アスカが好きなんだね」
私は愛ちゃんに答える前に、自分に問いかけ、それから頷いた。
「うん、アスカちゃんは無口だけど、悪い子じゃないし、可愛いし」
私は言った直後、慌てて付け加えた。
「もちろん、愛ちゃんも同じくらい好きだし、可愛いよ」
すると愛ちゃんはふざけて肩をぶつけてきた。
「分かってるってば。まあ、最初はこんなもんでしょ。徐々に打ち解けていければいいよ」




