第2話 接近
入園してしばらく経った昼休み、みんなは教室でお友達とお弁当を食べていた。
私も愛ちゃんと食べていた。
愛ちゃんは本名は相川愛といって、髪を左右に結っているおしゃれさんだ。
そんな中、アスカちゃんだけは一人でポツンと座って、弁当箱のふたを開けていた。
みんなの弁当箱はカラフルなものが多いのに、彼女の弁当箱は黒くて地味だった。
その間、アスカちゃんの背後から、男の子が何やら手を後ろに隠して近づいてきた。
振り返ったアスカちゃんと目が合うと、男の子はお前にプレゼントをやるよと言った。
そして弁当の上で右手を開いた。
するとパラパラと落ちる砂粒でごはんが台無しになってしまった。
「ふりかけ~」
アスカちゃんは弁当箱を置いて立ち上がり、黙っていじわるな男子を見つめた。
彼女はいたって平静だった。
むしろ意地悪をした男子が気後れしていた。
「おまえ、かくとうぎやってるんだってな」
アスカちゃんはまだ動かない。瞳も揺らさない。
「おかあさんが言ってた。おまえの親父は頭がおかしいって」
まだ沈黙を保ち続けていた。
「何か言えよ、弱虫」
いじめっ子はアスカちゃんを小突こうと手を伸ばした。
瞬時にアスカちゃんはしゃがみ、両手と体を使って体当たりのような動作をした。
すると男の子は後ろに倒れ、床に後頭部をぶつけた。
おんおんと泣きじゃくり、男の子は床をのたうちまわった。
男の子には悪いけど、私はこのときのアスカちゃんの動きに見惚れていた。
当時から『かくとうぎ』という言葉は知っていたけど、それがどんなものかは、観たこともやったこともないから分からず、当然ながらアスカちゃんが仕掛けた技の名前も分からなかった。
ただ一見乱暴に見える動作が洗練されていると思ったのだ。
いじわるな男の子は泣き止むと、馬鹿やろうと言い捨てて教室を後にした。
みんなが圧倒されてじっとアスカちゃんを見つめている中、私は弁当を持って駆け寄った。
私はニコッと笑って、おにぎりを一つあげた。
アスカちゃんの瞳が少し揺らいだ。
「アスカちゃん、お腹すいちゃうでしょ? 食べて」
彼女はおにぎりをひと口食べ、頭を少し下げた。
そのあともいくらかアスカちゃんとお話をしたが、彼女は私とも他の子とも遊びたがらなかった。
転機が訪れたのは幼稚園の年長のときだった。
その日は、よく晴れた春の昼下がり。
園内の桜は満開で、お昼寝してしまいたくなるほどのどかだった。
二人一組のグループを作って外でゲームをするという活動をした。
グループは着々とできあがっていった。
そんな中、みんなから離れ、はしっこにポツンと立っている女の子がいた。
アスカちゃんだ。
私はすでに愛ちゃんと組んでいた。
意地悪な男の子が言った。
「仲間はずれ」
別の女の子もボソリと言った
「ぼっち」
先生がみんなを注意する。このままいけば先生とのペアになるはずだった。
心なしかアスカちゃんは震えているように映った。
私は意を決して大きな声で叫んだ。
「アスカちゃん、私と愛ちゃんと三人で組もうよ」
みんなの視線が私に集中する。
アスカちゃんもこちらを向き、目が合う。
愛ちゃんに、ごめんねとことわりを入れてからアスカちゃんに近づいた。
アスカちゃんは赤くなった眼で、じっと私を見つめていたが、黙って頷いた。
そんなこんなでゲームは無事終わり、休憩時間に入った。
皆が屋内に戻っていった。
私も愛ちゃんといっしょに戻ろうとしていた。
そのときだった。
「山本、ヒナさん!」
不意に大きな声が届き、体が一瞬固まった。
アスカちゃんだった。いつも口数が少なく、声も小さめなので、余計にびっくりした。
私がにっこりと笑って数歩近づくと、アスカちゃんは同じ歩数下がった。
「アスカちゃん! 私の名前、覚えていてくれたんだ」
「お父さんに、人の名前くらい覚えおけって言われたから」
今度はアスカちゃんが一歩距離を詰め、言った。
「今日はありがとう」
「気にしなくていいよ。私たち友だちなんだから」
アスカちゃんの大きな目がより大きく見開かれる。
つぶらだが、動かない瞳が揺らいだ。
「ともだち?」
「そうだよ! 一緒に遊んだら友だちだよ!」
私が右手を差し出すと、そっと握り返された。
アスカちゃんの手のひらはじんわりと汗ばんでいた。
こうしてアスカちゃんと私は友だちになった。




