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第56話 限定スパー


 リングにもたれて息を整えていると、アスカちゃんが隣に座ってきた。

「もっと強めに打ってきていい」

「うん。分かったよ。麗艶さんは手ごわいからね」


 インターバル終了のブザーが鳴る。

 立ち上がると、牧村さんから指示があった。

「今度はグラウンド状態からのスパーを始めよう。麗艶は寝技の展開に持ち込もうとするはずなんだ。すべてのタックルを切り続けるのは難しいはず。最悪の事態は想定しておかないとね」


 そうして、グラウンド状態からの限定スパーを行った。

 様々な場面を想定して、ガードポジションの下の状態からアスカちゃんが立ち上がるまでだったり、私がうつぶせになったアスカちゃんに覆いかぶさり、アスカちゃんがそこから脱出するまでをやった。


「ヒナちゃん、遠慮せずパウンド打っていいよ! 本番に近い形でやろう!」

 練習で強めのパウンドを打つのは抵抗があったけど、これもアスカちゃんのためだ。

 心を鬼にして、思いっきりパンチを振り下ろした。


 やはりアスカちゃんはすごかった。

 不利なポジションからでも不用意なパンチはもらわないようにしつつ、すぐに脱出して立ち上がったのだ。

 その後も、何度も立たれた。

 これならトラップクイーンの罠からも脱出できるはず。


 そうしてアスカちゃんとの練習が終わって、牧村さんが近づいてきた。

「ヒナさん、今日はありがとね。良い感じだったよ。大会までこの調子でお願いします」

 まだアスカちゃんは練習を続けるそうだが、ここからは門外不出の特訓があるらしく、私は参加できない。

 気にはなるけど、いつか闘うかもしれない相手に、手の内をすべて曝け出すわけにはいかない。

 牧村さんにつづき、アスカちゃんも近づいてきた。

「私からもお礼を言わせて。おかげでいい練習ができた」

「私にとってもいい勉強になったよ。ところで新藤先生の手術のほうは・・・・・・」

 言いかけたところでアスカちゃんが先回りして答えた。

「大会当日に手術がある。タイミングが良いのか悪いのか」

 そう言って彼女は苦笑した。

「アスカちゃんも源治さんも同じ日に闘うんだね。二人ともきっと勝てるよ」

 するとアスカちゃんはうんと頷いた。

「そういえばファイトスタイル変えたの? いつもより足運びが重たい気がしたけど」

 アスカちゃんの表情が一瞬こわばる。


 今日の練習でアスカちゃんのグラウンドでの回避能力には舌を巻いたけど、対照的に立った状態での動きに関しては疑問符がついた。

 アスカちゃんは元々フットワークを多用する選手ではないけれど、それにしても試合映像で観たときよりも動きが重い印象を受けた。

 しばし押し黙るアスカちゃん。

「嫌味とかじゃないんだよ。気分悪くさせちゃったならごめん」

 首を左右に振ってからアスカちゃんはゆっくり口を開いた。

「組み技対策。どっしり構えて組まれても踏ん張れるように」

「そうだったんだね。たしかに一理あるかも」

 アスカちゃんは申し訳なさそうに頭を軽く下げた。

「そろそろ練習再開だから」

 そうだった。アスカちゃんはまだ練習するんだった。

 長話をしてはいけなかった。

 アスカちゃんと牧村さんに別れの挨拶をして、チームフェニックスを後にした。

 自分とアスカちゃんの練習、二つやらないといけないのは大変だけど、それ以上にアスカちゃんとひさしぶりに練習できて楽しかった。

 でももう一つの試練が私を待ち受けているのだった。

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