第55話 チームフェニックス
月曜日、道場でヒカリ先生と話をした。
水曜と金曜をフェニックスジムでのアスカちゃんとの練習に充てることを許してもらうためだ。
私は誠心道場には週六回通っていて、日曜日は疲労を抜くために休みをとっている。
ちなみにアスカちゃんはというと、試合直後のオフシーズン以外は毎日練習しているそうだ。
先生は「いいけど」と前置きした後、心配そうに言った。
「新藤選手はかなりハードな練習をすると聞くわ」
私は安心させようと笑顔で応えた。
「分かっています。元は同じジム仲間でしたから。中学の頃、ガチスパーもしてますし、慣れっこですよ
」
「ガチスパー? まだ身体もできあがっていない子どもにガチスパーだなんて。普通なら考えられないわ」
ヒカリ先生の眉間にしわが寄る。
私はあわてて弁解する。
「ガチスパーといっても、ある程度加減してしましたし、少し強めのスパーリングですよ」
まだ納得していないようだが、ダメとは言われなかった。
「怪我だけは気をつけてね」
こうしてアスカちゃんとの練習が始まった。
練習の初日、電車と地下鉄を使って、なんとか新宿駅に降りたはいいものの、駅内はすごく広くて駅員さんに場所を教えてもらいながら、ようやくたどり着いた。
あまりこの界隈に出かけないので、迷いかけた。
その後も、スマホのナビを頼りに歩いていく。
そうして、新宿のビジネス街の中に、四階建ての『チームフェニックス』と書かれた大きな看板のある建物を見つけた。
入口にアスカちゃんが立っていた。
私を見るなり手を挙げた。
「ごめん。遅くなっちゃった」
「まだ練習が始まって一〇分。焦ることない」
入ってすぐのところに受付があり、係の女性に更衣室を案内され、早速着替えた。
四階建てのビル全てがチームフェニックスの所有となっているらしい。
更衣室を出ると、エレベーターに乗り、二階の練習スペースに案内された。
カードキーで入る仕組みらしく、アスカちゃんが慣れた手つきでカードをかざすと、扉が開いた。
練習場の中には、試合場を想定したと思しきリングと金網の両方が設置されていた。
リング、金網それぞれの中で練習生たちがスパーリングをしていて、その脇でトレーナーたちが指示を出している。
リングの外では、なわとびをしている人や、ミット打ちをしている人もいる。
入るなり、視線が痛かった。
私が部外者だからだろう。不信感を隠そうともしない人が多かった。
そこへ白髪交じりのごま塩頭の男性がやって来た。
アスカちゃんが紹介してくれた。
「牧村さん。チームフェニックスでトレーナーをしていて、今度のタイトルマッチでセコンドに就いてもらう」
私は深々とおじぎをした。
「本日からよろしくお願いします」
牧村さんは他の人たちと違い、温和な目をしていた。
アスカちゃんが源治さん以外で、唯一心を許せる相手らしい。
「こちらこそよろしくお願いします。アスカちゃんからヒナさんのお話はいつも聞いているから、安心して任せられるよ」
ちらとアスカちゃんの顔を見たら目を逸らされた。
「準備運動をしたら、始めよう」
ストレッチをしながら、私は他の門下生たちの練習ぶりを観察した。
映像で観たことのある選手や、かつて有名選手だったトレーナーもいた。
リング上のスパーリングでは、一人の選手がパンチでダウンした。
力は抜いているのだろうが、それでも倒れるくらいの強度で行なうようだ。
誠心道場では常にガチスパーは禁止されていて、やるのは力を加減して行うマススパーだけだ。
同じ格闘技ジムでも、こうまでちがうものかと驚いた。
また、格闘技に縁のなさそうな眼鏡をかけた学者風の人もいた。
ストレッチを終えた私は、牧村さんに尋ねてみた。
「ああ、あの人はね、うちの専属ドクターだよ。選手が怪我したり、体調不良を起こしたときにすぐに対応できるようにね。他にも専属の管理栄養士、整体師もいるよ」
やはり大きいジムはすごいなあと舌を巻いていると、アスカちゃんが声をかけてきた。
「早速始める。ヒナには主にスパーリングを手伝ってほしい」
おそらくガチ気味にやるのだろう。覚悟はできている。
リングに上がる。
この度のRFCのタイトルマッチはリングで行なわれるからだ。
スパーリングといえど、目標にしていた相手と一対一で向かい合うというのは緊張する。
牧村さんの「はじめ!」という声とともに、私とアスカちゃんは動き出した。
今回は対戦相手の麗艶さんを想定したスパーなので、私は組み技メインで行くように牧村さんからお願いされている。
早速タックルに行く。アスカちゃんの胴に組みついた。
アスカちゃんの腰は重い。微動だにせず簡単に振り払われた。
今度は左のジャブを打つが、打った瞬間に二発お返しをもらった。
加減してくれているのは分かるが、それでもけっこう頭にずっしりと響く。
中学でのガチスパーのときも、パンチ力があるなと思っていたけど、当然ながらあのころとは比べ物にならないくらい威力が増している。
麗艶さんは手足が長く、立った状態ではストレート系のパンチを多用する。
それにならい、今回は私も、あまりフックを使わないようにしている。
私は麗艶さんに比べリーチは短いけれど。
そうして頃合いを見てタックル。
でも一度も成功しなかった。
「はい! いったん休憩しよう! いいよ、二人ともすごく動きが良い!」
牧村さんの声で二人ともその場にへたり込んだ。




