第54話 提案
病院の中庭のベンチで私たちは少しお話をした。
花壇に咲く花の周りにミツバチたちが戯れている。
ぽかぽか陽気で、雲一つない空が青く澄んでいる。
本来なら素敵な景色なのに、それらが色あせて映る。
愛ちゃんは暑いと言ってすでにマスクを外した。
「まあ、アスカの家のことだからねえ。あまり口を挟まない方がいいかもね」
「うん」と、頷く私の肩を、愛ちゃんがぽんぽんと叩いた。
「アスカは強いからさ。格闘家としても人としても。きっと乗り越えていけるよ」
愛ちゃんのおかげで不安な気持ちがやわらいだ。
「そうだよね。万が一、源治さんが危なくなった場合のことは、アスカちゃんが決めないといけないけれど、きっとどう転んでも大丈夫だよね」
「んだんだ。たとえ転んだとしても、また立ち上がればいいのだよ。心配しても仕方ないさね」
この件は一件落着かと思いきや、アスカちゃんがこちらにやってきた。
「ヒナ、愛!」
「やっほー」
愛ちゃんが嬉しそうに手を挙げる。
アスカちゃんも手を挙げて応じる。
「二人とも、今日は来てくれてありがとう」
つづいてアスカちゃんは、ぺこりと頭を下げた。
「水臭いこと言いなさんな。私たち三人の仲なんだからさ」
愛ちゃんがベンチに座るよう促したけど、アスカちゃんは立ったままでいいと言ってきた。
「それと嫌な場面を見せてしまってごめんなさい」
私はにこっと笑った。
「気にしないで。アスカちゃんは何も悪いことしてないんだから」
愛ちゃんが不意に立ち上がった。
「おっと。私、用事があったんだ。先に帰るね」
「うん、またね」
私が手を挙げると、愛ちゃんも手をブンブン振りながら応じ、病院を後にした。
アスカちゃんも手を振り、愛ちゃんを見送ると、私の隣に座った。
「ヒナ、私は酷い娘」
「どういうこと?」
問いかける私に、アスカちゃんはぽつぽつと言葉を漏らす。
「お父さんがひょっとしたら死ぬかもしれない。それなのに私はこれからのこと、仮にお父さんが亡くなってしまったあとのこと、自分がどうなるかの方を心配している。薄情」
「そんなことないよ」
そうだ。そんなことない。
アスカちゃんは自分を悪く捉えすぎている。
本当に自分のことだけが心配なら、記者会見を途中退席なんかしないだろう。
「これからのことも心配ないよ。きっと大丈夫だよ」
なおも不安そうなアスカちゃんの拳は握りこまれ、膝の上におかれていた。
その拳に、私は自分の手のひらを重ねる。
するとアスカちゃんの体から力みがなくなり、拳は解かれた。
「それにね。アスカちゃんは絶対にひとりぼっちにならない。だって私がいるから。どんなときでも私はあなたのそばにいる。もちろんライバルだから馴れ合いはしないけど、私はあなたの味方だよ」
アスカちゃんは、手のひらを上に向け、私の重ねている手を優しく握り返した。
「ありがとう」
私は笑顔を向けて言った。
「できることがあったら何でも言って。アスカちゃんの力になりたいから」
するとアスカちゃんはコクリと頷いた。
「頼みがある」
次の言葉を待った。
「試合まであと一ヶ月。時間がないけれど、練習に付き合ってほしい」
心臓の鼓動が速くなった。
こんなに早くアスカちゃんに再び近づけるとは思わなかった。
思わず顔がほころんだ。嬉しくないはずがない。
でも。
「フェニックスジムには、強い練習仲間がいっぱいいそうなのに」
アスカちゃんは言葉を選んでいるようだ。少し顔を下に向けた。
「女子で私と同じ体重の人があまりいない。それと、私とお父さんは、ジムで嫌われている。お父さんはジムのやり方に文句を言うことが多くて。唯一の例外はトレーナーの牧村さん。その人だけは優しい。牧村さんが頼まないと誰も私の練習相手をやりたがらない」
アスカちゃんがそんな状態で練習しているとは知らなかった。
てっきりみんなと、厳しいながらも、仲よくトレーニングしているものかと思ったのに。
格闘技は一人で闘う競技だけど、一人で強くなれるものじゃない。
技を教えてくれる指導者、ともに汗を流す仲間がいてはじめて強くなれる。
練習相手を務めるのはかまわないけれど、念のため確認をとることにした。
「私はアスカちゃんといつか闘うつもりでいる。もしかしたらあなたの技を盗もうとするかもしれないよ。それでもいいの?」
「それはお互いさま。私もあなたの技術を盗むかもしれない。でもそうしてお互いの技術の交換ができれば、もっと強くなれる」
私はアスカちゃんの手を握ったままぶんぶん振った。
肯定の合図だ。
「ありがとう。心強い味方ができた」
握った手をそのままに、私たちはぴょんと弾みをつけて同時に立ち上がった。
「約束する。必ず麗艶に勝ってチャンピオンになる」
アスカちゃんの力強い決意に、私も力強く頷き返した。
もうお昼だ。雲一つない空の下、太陽は頂点に達し、私たちを照らしている。
このエピソードで、アスカがヒナにスパーリングパートナーを頼む場面がありますが、ここはAIにアイディア出しをしてもらいました。(本文は私が書いています)
ここからどう展開しようか悩んでいた時に、AIに聞いたら、「ヒナがアスカに、私がスパーリングパートナーになると申し出る」展開はどうかと提案されました。そこを少しアレンジして話を展開しています。




