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第53話 再会

 愛ちゃんの視線の先には、上下ともに長いまつ毛をもち、ツヤのある黒髪をボブカットにしている美少女がいた。

 髪型はあの頃と同じだが、細面になり、鼻筋も高くなっていた。

 急いで来たからか、スーツの着こなしが少し乱れていた。

 汗もかいていて、化粧も台無しだ。


 別れたあとのアスカちゃんの姿は、映像越しに何度も観てきた。

 それでも突然の再会には感情をひどく揺さぶられた。

 私が駆け寄ろうとすると、アスカちゃんに手で制された。

 ぐっと堪えているのか、口を一文字に引き結んでいた。

 私も抱きつくのを我慢した。

 そうだ。まだ和解には早かった。


「おー、ストイックだね~」

 そう言って愛ちゃんがニヒヒと笑う。

 感動の再会になるかと思いきや、源治さんがいままでのほがらかな雰囲気をぶち壊すような険しい顔をアスカちゃんに向けた。

「まだ記者会見は終わっていないはずだが」

「理由を説明して、途中で帰らせてもらった」

 鬼の眉間にしわが寄る。


 開口一番。

「馬鹿野郎! 原田さんの逆鱗に触れたらどうするつもりだ! お前はもうプロなんだ。もっと責任感を持て!」

 アスカちゃんは目をまっすぐ源治さんに向けたままだが、その瞳が少し揺らいでいる。

「お父さんのことが心配だったから」

「俺のことはどうでもいい。おいぼれの見舞いに来るなんて無駄なことに時間を使うな!」

 すると愛ちゃんがアスカちゃんをかばった。

「その言い方はないよ。父親が危険な状態だったら心配するのが人情というもんでしょ」

 源治さんはそっぽを向く。

「心配したら俺の病気は治るのか? ベルトは手に入るのか?」

 愛ちゃんは少し渋い顔をして押し黙った。


 私も言わずにはおれなかった。

「たしかに私たちはファイターだから、闘いに命を懸けて、他のあらゆることを犠牲にしなくちゃいけないってのは分かります。でもそれ以前に一人の人間なんです」

 源治さんが何か言い返そうとする前に、アスカちゃんが大きな声を出した。

「医者に言われた! 手術の成功率は三〇パーセントだって!」

 神童の大きな眼は赤く染まっていた。


「心配するな。麗艶とのタイトルマッチにセコンドとして就いてやれないが、代わりにいままで世話になっていたフェニックスジムの奴らがお前を導いてくれる。私が頼んでおいた」

 アスカちゃんは首をブンブンと振る。

「お前は余計なことを考えず、試合だけに集中するんだ」

 娘の気持ちを察していないのか、この状況下においても、源治さんは格闘技のことしか頭にないようだ。

 アスカちゃんは口をつぐみ、言いたいことをぐっと押し殺している。

 代償として目尻にしずくが光っている。


 そのとき、不意に扉の向こうから、がやがやと騒ぎ声が聞こえた。

 何やら言い合いをしているみたいだ。

 扉が開いたと同時に、髪を金髪にしたボブヘアの女性が入ってきた。

 かつてアスカちゃんの家で愛ちゃんといっしょに盗み見た写真の女性そっくり、というかその人だった。


 その後ろから看護師の女性が入ってきた。

「ちょっと、困りますよ、面会の許可は出ていません」

「お願いです。会わせてください」

 金髪の女性は、顔にしわができているが、均整の取れた顔立ちをしており、若い頃は美人だったのだろうと思われた。

 おそらくアスカちゃんの母親だろう。


 源治さんの眉間のしわが深くなる。

 一方、アスカちゃんは大きく目を見開いている。

「ひさしぶりね。アスカ」

「お母さん」

 母親はアスカちゃんに駆け寄ると、強く抱きしめた。

 きめ細やかな黒髪が優しく撫でられた。

「いままでほったらかしにしてごめんね」

 久々の母と娘の再会を、源治さんのぴしゃっとした怒鳴り声が台無しにした。

「アスミ、いまさら何をしに来た!」

 叫んだと同時に咳きこんだ。

 場のみんなが一瞬固まる。


 アスミ、さんは赤い口紅の塗られた唇から深い息を漏らした後、答えた。

「もしもあなたがいなくなったら、アスカはひとりぼっちになっちゃうでしょ。だから」

 アスカちゃんの頭に手がポンとおかれる。ヒールを履いている分、アスミさんの方が見下ろす形になる。

「心配ないわ。今の旦那と息子の了解は得ているから」

 再婚して子どももいるのか。

 アスカちゃんは、源治さんとアスミさんを交互に見る。


「お前は私から全てを奪うつもりか。離婚したのもお前が勝手に出て行ったからだし、どこまで身勝手なんだ」

 そういえばアスカちゃんの家庭の事情は、詳しく聞いたことがなかった。

 離婚して以来、母親とは会っていないとは聞いていたけれど、アスカちゃんもあまり話したがらなかったので、それ以上は聞けなかったのだ。


「あなたは、幼かったアスカにパンチを打たせたときのことを嬉しそうに語っていたわね。アスカのパンチ力は本物だ。俺がこの子を世界チャンピオンにしてみせる。そのとき、一緒にいられないと思ったわ。あなたはアスカを自分の見果てぬ夢を叶えるための道具として利用してるだけよ」

 アスカちゃんの頭から手を離したアスミさんは、その拳を握り締めている。

「では、なぜアスカを連れて逃げなかった? どうせ当時付き合っていた男の許しが得られなかったからだろう。お前は母親であるより、女を選んだんだ」

 この言葉にアスミさんはうろたえたが、すぐに返す刀で言い返した。

「アスカには悪いことをしたと思っているわ。本当に申し訳なかったと。でもアスカが望んでもないのに格闘技を続けさせて、痛い思いをこれからもさせて、これじゃあ可哀そうよ」

 源治さんはフッと息を漏らした。

「口ではいくらでも言える。本当は俺とアスカが格闘技で築き上げた財産が目当てなんだろう。会おうと思えば、もっと早くからアスカに会いに来れたはずだ。なぜ有名になり、格闘家としての地位も上がってきた今なんだ?」


 おそらく愛ちゃんと私は、この場面において脇役AとBに成り下がっている。

 ひょっとするとアスカちゃんも。

 私は子どもの気持ちそっちのけで口論する大人二人に嫌悪感をおぼえた。

 アスミさんは、言いよどんだ。

「図星なんだろう。お前は昔から・・・・・・・」

 源治さんの追い討ちを私はさえぎった。

「もう喧嘩はやめましょう。アスカちゃんのいる前ですよ?」

 私の言葉に二人はハッと息をのみ、場にしばしの沈黙が訪れた。


 そこへアスカちゃんが、源治さんとアスミさんの真ん中にレフェリーのごとく割って入った。

「お母さん、あなたなしでは私は生まれてなかった。私を産んでくれたこと、感謝しています」

「お父さん、あなたがいたから私は強くなれた」

 二人にそう語りかけたうえで、どちらにも視線を向けないで口を開いた。


「私は物心ついたときから格闘技をしてきて、それが当たり前だと思っていました。そのことで自分を可哀そうだと思ったことはありません。ただ、他の子どもたちより、少し我慢を必要とすることが多かった気がします。それでも我慢してでも手にしたいものがありました。伝説の格闘家という称号とそれに見合う強さです」

 よどみなく率直に自分の意思を主張できるアスカちゃんに驚いた。

 私の知らない間に、アスカちゃんは格闘家としてだけでなく、人としても成長していたのだ。


 再び母親を見つめる。

 そのまなざしは優しかった。

「お父さんの、私を強い格闘家にするという夢、それはもう私の夢でもある。だから私はお父さんに一方的に利用されているわけじゃない。お母さん、そこは誤解しないであげて」


 それを聞いたアスミさんは「わかったわ。試合頑張ってね」と言った後、病室を後にした。

 私と愛ちゃんも外に出ることにした。


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