表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

PR
56/110

第52話 お見舞い

 土曜日、私と愛ちゃんは東京にある総合病院に来ていた。


 午前中の病院は混んでいた。

 試合はないものの、万が一、重い病気に感染したら練習ができなくなる。

 なにより、入院中の源治さんに病気を感染させたら、もっと体調を悪化させるかもしれない。

 私はマスクのズレを直した。愛ちゃんもマスクをしている。


 受付で名前を言い、お見舞いに来たと言ったら面会を承諾された。


 大きなベッドの上で、壁に掛けられたテレビを観ている源治さんがいた。

 源治さんの部屋は完全個室でかなり広かった。

 かなりの好待遇だ。

 アスカちゃんは今では有名人で、テレビCMなどにも出演している。

 生活も豊かになったのだろう。


 私と愛ちゃんはぺこりと頭を下げる。

「お久しぶりです。新藤先生」

 テレビ画面には過去に行なわれた格闘技の試合が映っている。

「アスカならいないぞ」

 テレビを見つめたまま、源治さんは答える。

「今日は先生のお見舞いに来ました。つまらないものですけど、どうぞ」

「礼を言う。そこのテーブルの上に置いといてくれ」


 私は果物の詰め合わせを小さな丸テーブルの上に置いた。

「いきなり押しかけてすみません。体調はどうですか?」

 するとフッと源治さんは笑った。

「見ての通りさ。管につながれ、薬づけにされ、点滴を打たれている。しんどいが、助かる見込みはあるかもしれないと言われただけ、まだましか」


 そう言うと源治さんは、愛ちゃんに視線を向けた。

「君がヒナに私の入院のことを伝えたのか?」

 愛ちゃんは頷いた。

「アスカから聞いて。で、ヒナもお世話になっていただろうし、伝えちゃいました」

 風の噂とごまかしていたのは、愛ちゃんなりの私への気遣いだったのだろう。


「かまわんよ。そういえば、ヒナ。この間の広島での試合を観たぞ」

 突然の言葉に驚き、「えっ」と声が出た。

「危なっかしかったが、いい試合だった」

 私は深々とおじきをした。

「確実に強くなっている。アスカに届くかはまだ分からんがな」

 そう言うと、源治さんはテレビ画面に再び視線を向けた。


「ちょうど今、アスカと麗艶との記者会見が行なわれているところだ」

 見ると、テレビ画面の格闘技の試合は終わっていた。

 スーツを着た屈強なガードマンに囲まれたアスカちゃんと麗艶さんの二人が、少し距離をおき、それぞれの席についていた。

 中央にはRFCの代表取締役である原田さんがレフェリーのように、陣取っている。


 大学時代にボクシング部だった原田さんは、五〇歳と聞くが、それ以上に若々しい印象だ。

 眼鏡をかけていて、スーツを着ているので典型的なビジネスマンといった印象を与えるけど、顔から下のガタイがかなりしっかりしている。

 趣味でウェイトトレーニングをしているというのは本当のようだ。


 衰えたベテラン選手を使い捨ての駒のように扱ったり、二ヶ月に一回というハイペースで人気選手を試合で使ったり、あまり選手を大事にしていないという問題点も指摘されている。

 それでも、RFCをここまで盛り上げた立役者であり、プロモーターとしての腕はたしかだ。

 優れた選手を発掘する能力も長けていて、これまで原田さんが見出した二人の選手が、海外の最大手の団体『アルティメットフォース』で王者に君臨したこともある。


 原田さんはマイクを手に流暢な喋り口で語りだした。

「今回のセミメインに、麗艶選手とアスカ選手の女子ストロー級のタイトルマッチが行なわれることは皆さんご存じでしょう。そして二人の強さも皆さんご存じだ。ただ誰も知らないことがある。それはこの二人のどっちが強いのか、です。その答えが今回の闘いで明らかになります。それでは二人に意気込みを聞いてみましょう」


 まずアスカちゃんがマイクを手にとった。

 パンツスタイルのスーツの上下を着ていた。

「私が勝ちます! 女子格闘技に新しい風を巻き起こします」

 手にカンペが握られているのはご愛嬌だ。

 つづいて麗艶さんが不敵な笑みを浮かべつつ、返した。

 こちらはノースリーブの黒のドレスという出で立ちだ。肩にはチャンピオンベルトを掛けている。

「せいぜい静かなそよ風ぐらいね。あなたじゃ、革命は起こせない。勝つのは私よ」

 両者とも立ち上がり、アスカちゃんと麗艶は対峙した。バチバチと火花が飛び散る。

 しばし睨みあったのち、原田さんの合図で二人は席に戻った。


 テレビ画面越しに見るアスカちゃんは綺麗だった。

 特に今日は少し化粧をしており、余計に大人びた印象だ。

 次はメインイベントを張る男性選手二人が前に出たが、源治さんはテレビの電源を切った。


「どうしても女子格闘技は男子と比べると、劣るものと見なされ、ファイトマネーも安い」

 私は頷いた。

「女子の試合はつまらないと言う人もいますよね」

 源治さんは何も映っていないテレビ画面に視線を向けたままだ。

「観客は高度なテクニックの応酬よりも、単純な殴り合いを望んでいる。ノックアウト勝ちできる選手でないと評価しない傾向がある。そして女子のノックアウト決着は男子よりも少ない」

 続けてこちらを見て、ニヤリと笑った。

「ところがアスカはちがう。プロになってからの打撃によるKO率が一〇〇%。これは女子格闘技の世界では規格外だ。アスカなら絶対に女子格闘技の革命児になれる。まさに神童だ」

 アスカちゃんは組み技も寝技も得意だが、それ以上にパンチが得意だ。

 現在はプロボクシングの現役チャンピオンのところへも出稽古に行っているらしい。


 チームスパークのときは険しい顔で口数の少なかった印象のあった源治さんだが、今日は表情も柔らかく、最初ジムで丁寧に指導してくれたときほどではないけど、温厚だった。

 話し上手の愛ちゃんがいたこともあり、世間話も思った以上に弾み、けっこう長い間雑談をしていた。

 管に繋がれている見た目からは想像できないが、しゃべるのは特に苦しくないようだ。


 そうして話が盛り上がっている最中、不意に愛ちゃんが病室の扉に視線を向けた。

 愛ちゃんは小さく手を挙げた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ