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第51話 愛の決断

 試合から一週間後。


 私はわが家の自室で愛ちゃんとくつろいでいた。

 今日は日曜日で練習は休みだ。


 愛ちゃんは牛のぬいぐるみを抱きしめたまま、あぐらをかいていた。

 このぬいぐるみは、かつて三人でゲームセンターに行ったときにアスカちゃんが手に入れた景品だ。

 いらないというので、私がもらったのだ。

 かなり年季が入っていて、ふわふわだった毛並みがすっかり硬くなっている。


「この間の試合、動画で観たよ。すごかったね」

「ありがとう。ご覧の通り、顔中が痣だらけだけど、勝てて嬉しかった」

 私はガーゼをあてがっている頬を撫でながら笑った。

 唇の端も少し腫れており、口の中も切っているので笑うと少し痛い。


 「ヒナが格闘技してるのは学校のみんなが知ってるけど、それでも月曜は大騒ぎだったよ」

 試合の翌日は、特に腫れがひどくて右まぶたが二倍に膨れ上がり、紫に変色していた。

「ずっと前に、私を食事に誘おうとした佐川くんもドン引きしてたよ。あれ以来、声をかけられなくなっちゃった」

「ほんと、ヒナは前から可愛かったけど、格闘技をしてからますますキュートになったよ」

 愛ちゃんの褒め殺しに、思わずデレデレと笑ってしまう。

「そう言ってくれるのは愛ちゃんだけだよ。格闘技やってるから、痩せたはいいけど、ごつくなっちゃってるから」


 しばらくの間をおいた後、愛ちゃんは声のトーンを少し落ちつかせた。

「それでね、ヒナ」

 今日、こうして愛ちゃんがわが家に来たのは、世間話に花を咲かせるためだけではなかった。

 昨日、愛ちゃんから、試合が終わったばかりで悪いんだけど、という前置きの後、大事な話が二つあるから会って話したいと言われたのだ。

 私も詳しい内容は聞いていない。


「私ね、モデルの仕事辞めようかと思うんだ」

 失礼な言い方だけど、突然の報告にさほど驚かなかった。

 もちろん愛ちゃんは自他ともに認める可愛い女の子。

 それでも競争の激しい世界らしく、次々と新しい女の子が登場していて、仕事が減っていると打ち明けられたことがあったからだ。

「プロってのは厳しい世界だよね」

 愛ちゃんは小さく頷いた。

「惰性で続けるよりは、スパッとやめた方が、しんどくないかなって考えちゃうんだよね」

「辞めてからはどうするの? 他にやりたいこととかあるの?」

「私、綺麗な服を着て注目を浴びるというよりも、綺麗な服そのものが好きなのかもって最近思うようになってさ。ファッションデザイナーになりたいなぁ、なんて」

「それ、いいかも。愛ちゃん、美的センスがあるから」

「あんがと。ファッションデザイナーもかなり厳しい世界らしいけどね」

「いつか、私の闘うときの服をデザインしてね」

「うん、約束する」

 愛ちゃんのデザインしてくれた試合衣装を着てリングに上がる自分の姿を想像しただけで、胸が高鳴った。


「でね、もう一つの大事な話なんだけど」

 愛ちゃんは急にまじめな顔になり、立ち上がった。

 私も思わず立ち上がる。

「ヒナ、風の噂で聞いたんだけどさ、アスカのお父さんがさ、アスカの練習に付き合っているときに意識を失ったんだって。今、入院中らしいよ」

 源治さんがそんな大変な事態になっているとは知らなかった。

 しかもアスカちゃんが麗艶さんとのタイトルマッチを一ヶ月後に控えているという大事なときに。

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