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第48話 何度でもトライ

 会場から一番遠い席。

 それでも裸眼の視力が二.〇以上ある私にははっきりと見える。

 

 ヒナの鬼気迫る貌。

 事前に策を練ってきたであろう、研ぎ澄まされた動き。

 目に見えるものだけじゃない。みなぎる殺気、にじみ出る焦りまでわかる。


「こんなものを見せるために、お前はCMの撮影を延期したのか?」

 隣に座る父はため息を吐いたあと、咳をした。


 半年ほど前から、スポーツドリンクのCMに出演する仕事の契約が入っていた。

 本来であれば、今日はその撮影の日。

 でも三か月前にヒナの試合があると知り、日程を変更してもらった。

 悪いことをした。

 関係者に迷惑をかけた。

 それでも試合を直に観たかった。

 これまで、プロになったヒナの試合を生で観たことはなかった。

 大会は土日や祝日に開催されることが多く、ちょうど私自身の試合とかぶっていることが多かったから。

「ごめんなさい」

 父はもう一度咳払いをする。

 中指にはめられた金の指輪が光る。

 ファッションにあまり詳しくないけれど、父が高価な指輪をしていることは分かる。

 ちなみに私はスカジャンとショートジーンズという出で立ちだ。

 私のリクエストを伝えたうえでコーディネーターに選んでもらったものだけど、あとで値段を聞くと、以前の私では高すぎて買えなかった代物だった。


 RFCにも出て名が知られるようになり、格闘技以外の仕事も舞い込んだ。

 またたく間に私たちはお金持ちになった。

 いままで電気を止められたり、水道を止められたりすることもあったのに比べたら、生活ははるかに豊かになった。

 資金が集まったので、私たちは、いまお世話になっているフェニックスジムを出て、新しく総合格闘技のジムをオープンする予定でいる。

 新生チームスパークだ。


 たくさんの高価なものが得られ、たくさんの有名人とつながった。

 でも・・・・・・。


  今回の広島行きをよく思っていなかった父は、冷静に分析した。

「第一ラウンドは獲られたな。ヒナは決して判定ばかりの選手ではない。前回の試合では右のストレートを相手の顔面にヒットさせ、KОしている。それでも今日の客受けの悪い闘い方を選んだのは、純粋な立ち技では、セイラに勝てないと判断したからだろう。寝技に持ち込めば違うだろうが、腰の重いセイラには難しい。逆に立った状態での四つ組みでは自分に分があると見たのだろう。だが、すでにセイラに動きを見切られている。勝負あったな」


 父は現役時代、打撃寄りの選手だった。だからストライカーを評価する傾向がある。

「まだわからない。勝負はこれから」

 私の言葉に父はたしかになと半分同意した。

「ヒナは素直な性格だから、セコンドの指示に忠実に従うだろう。インターバルを経て第二ラウンドから軌道修正ができれば、可能性はあるかもな」


 私は金網の中に飛び込んでしまいたくなった。

 ヒナはこんなものじゃない。

 不器用だけど、純粋でまっすぐで勇敢で、おまけに優しい。

 最後のは格闘技とは関係ないかもしれないけど、とにかくヒナはまだ終わっていない。


 インターバルが終わって、第二ラウンドに突入した。

 ヒナはジャブを小刻みに出している。まだ当たる距離じゃない。

 セイラはじっと見据えて反応しない。


 次にヒナは、大きく踏み込みジャブを放った。

 それに対しセイラも軽くバックステップをした後に、ジャブを返す。

 そのジャブが届くよりも速く上体を下げ、ヒナは両足タックルを仕掛けた。

 タイミングとしては申し分ない。

 けれどセイラの腰は重かった。

 両足が大地に根を張ったように動かず、タックルを切って離れた。

 離れ際にセイラのワンツーが襲いかかったが、これはヒナがかろうじて腕でブロックして難を逃れた。

 ただその後すぐにローキックを太ももに浴びた。


 ずっしりとした重い音が会場に響き、観衆がどっと湧いた。

 あまりの威力にヒナはバランスを崩し、ひっくり返った。

 セイラが少し近づきかけたけど、すぐに立ち上がっため、幸いにもそれ以上の追撃は回避できた。


 打撃の技術ではセイラが上。

 武器として用意していた四つ組みで金網に張りつける作戦もうまく機能していない。

 加えて寝技に持ち込むためのタックルも切られる。


 私は奥歯をぎゅっと噛んだ。

 私が考えても仕方ないけれど、どうすればヒナが勝てるのかを考えてしまう。

 

 どうするの、ヒナ。

 彼女が選んだ選択は。

 

 かがんで再びタックルに行った。

 寝技に持ち込むことを選んだようだ。


 倒れない。またもや踏ん張られる。

 けれど、ヒナは止まった状態から、さらに前進した。

 RFCバンタム級五位の佐藤ヒカリ選手が必死に指示を出す。

「そうよ! 一回でダメなら、二回、三回! 何度でもトライよ!」

 果たしてヒナはタックルに成功した。

 でも、違和感があった。

 セイラがヒナの首を抱え、自分から倒れたように見えたのだ。


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