第47話 二つの作戦
私はグローブタッチをしようとしたけど、セイラは拒否した。
セイラは背筋をまっすぐ伸ばし、悠然と構えている。
拳は顔付近ではなく、胸の前においていた。
かわして避けることに自信があるからだろう。
実際に、直近の試合ではマタドールという異名の通り、対戦相手の攻撃をブロックするのでなく、いなしてかわしてほぼ無傷で、打撃で仕留めている。
対する私はガッチリと顔の前でガードを固め、のしのしと進んでいった。
足に電撃が走った。
カーフキックだ。
膝下の筋肉の薄い部分への蹴りで、数発喰らうだけでも足が痺れて動けなくなる危険な技だ。
あまりにも速くてカットが間に合わなかった。
負けじとフックを振り回しながら、前進する。
バックステップでかわされたけれど、金網際に追い詰めた。
そこから右ストレートを放ったが、サイドステップでかわされる。
それでもまたセイラと向き直り、ズカズカと前進していく。
セイラが前手のジャブで突き放す。
硬く精度の高い拳だが、距離をとるためのジャブなので、さほど威力はない。
もらいすぎはよくないけれど、構わずにさらに距離を詰め、右ストレートを放つ。
これも、頭を左に動かすことでかわされ、反撃のワンツーが来た。
ジャブは避け切れず、大砲のストレートは腕でブロックした。
金網の外からヒカリ先生が大きな声を張り上げた。
「作戦変更! 『ハリツケ作戦』で行くわよ!」
今回の試合は、当初はハリツケ作戦だった。
でも沙世さんと美香さんを手伝いで呼ぶことが決まってから、もう一つの作戦『ガンガン作戦』で行くことにしたのだ。
ガンガンは、その名の通り、ひたすらガンガン前に出てパンチの当たる距離でパンチを出しノックアウトを狙うという至極単純な作戦だ。
頭の中で思案している間にも、セイラの鋭いパンチが突き刺さる。
顎にいいのをもらった。
一瞬ぐらつくも、なんとか体勢を立て直した。
大丈夫。ダウンするほどじゃない。
でも立ち技の打撃勝負では分が悪い。
ガンガン作戦は、モチベーションの低かった沙世さんと美香さんの情熱に火をつけてもらおうという、私のある意味で傲慢な動機から発案したものだ。
最初、私の作戦を聞いたヒカリ先生は難色を示した。
どうしてもとお願いしたから了承してくれたけれど。
たしかに誰かに感動を与えるというのは素晴らしいことだと思う。
私も、観てくれる人の心を動かせるような試合がしたい。
でもそれは勝ってこそだ。
例えば、負けたけど良い試合でしたというのは、勝つ気で闘ってはじめて成立する。
やっぱりここはGOハリツケだ!
セイラは自分の距離感を掴んだようで、一定の間合いを保ち、パンチを打つようになった。
全部はかわせない。何発か被弾した。
もらいっぱなしでは、対戦相手は調子に乗ってガンガン来るので、たまに反撃のパンチを繰り出しつつ、私は好機をうかがった。
ジャブが来た。
顔をそらさず、前を向いたまま体全体を下げる。
タックルを想定したのだろう。
セイラは膝を上げ、膝蹴りが来るぞと脅しをかけてきた。
また、私は体を下げる、ふりをした。
タックルのフェイントだが、セイラが若干、上体を下げ、反応を示した。
そこへ間髪入れずに右ストレートを放った。
バックステップでかわされる。
けれども、とっさの判断だったので、セイラのバックステップはただまっすぐ下がるだけになってしまっていた。
私はフックを振り回しながら前進する。
カウンターのストレートが来た!
でも想定済み。
私は頭だけでなく、体ごと下げて胴に組みついた。
胴タックル。
必死に踏ん張るセイラに対し、私は力士のように前進を続ける。
寝技に持ち込むことが目的じゃない。
そのまま金網まで押し込んだ。
セイラは金網に背中をあずける形になった。
金網に釘づけにして身動きをとれなくさせる。
これが私とヒカリ先生とで最初に考案した『ハリツケ作戦』だ。
組み合った状態だったら、リーチが短い私の拳でも、相手に届く。
さらに遠い間合いからの打撃も回避できる。
一石二鳥の作戦だ。
動けなくさせたセイラの頭部にコツコツとパンチを見舞っていく。
ダメ押しで頭だけでなく、太ももにも膝蹴りを見舞っていく。
大きなダメージはないけれど、あからさまに嫌がっている。
相手の嫌がることをする。
これが格闘技の鉄則だ。
試合は五分二ラウンド。
これをずっと続けるのが、当初の予定だった。
すでに二分が経過している。
おそらく最初の二分だけだったら、セイラにポイントがついている。
ここから巻き返す!
観客席からはすぐにブーイングが巻き起こった。
たしかに打撃によるKOや関節技による一本を狙うわけじゃないポイント狙いの戦法。
退屈と言われても仕方がないかもしれない。
でもここで勝たなきゃアスカちゃんへの道が途絶えてしまう。
私はブーイングを意に介さず、コツコツとポイントを貯金していく。
すると突然、セイラがフッと笑みを漏らした。
「やっぱり巧くなったのは小手先のテクニックだけでーすね」
四つ組みの状態から、くるっと体勢を入れ替えられ、今度は私が金網に押し付けられる形にさせられた。
すぐに反転しようとするも、セイラに突き放される。
来る!
ガードおかまいなしに、岩石のような硬さをもった拳の連打を受けた。
即座にブロッキングできたけれど、腕越しに衝撃が襲いかかった。
防御しているので倒れはしないけれど、滅茶苦茶痛い。
私は攻撃の終わりを読んで、野球のピッチングのように、右のストレートを見舞う。
当たれば倒れる。が、距離をとって外された。
鼻血が出た。
素早く、それでいて鋭いジャブが鼻柱を襲ったのだ。
もう一発ジャブ。に対し、前手のフックを合わせる。
これは入った。が、倒れない。
今度は私がジャブを打つ。
セイラの打ち返しのジャブに合わせて、胴タックル。
「抱きつくしか能がないのですか」
対戦相手の嫌味にかまわず、組んだまま前進し、また金網に押し込んだ。
いまは四つ組みの体勢。
私の鼻血がセイラの肩口にしたたり落ちる。
そして密着状態から、コツコツとパンチや足への膝蹴りを見舞っていく。
良かった。
この戦法はまだ通用する。
そのときレフェリーが私たちの試合に割って入った。
「ブレイク!」
試合が動いていない、いわゆる膠着状態と見なされたようだ。
今回の戦法は、客受けが良くないのは自覚している。
けれど倒せないまでもコツコツとした攻撃をしていたのに、ブレイクはないんじゃないか。
内心では憤慨しつつも、レフェリーに従わないと失格になるので、しぶしぶと金網の中央に移動した。
お互い離れた状態から試合再開だ。
また一から近づかないといけない。
私は間を置かず、駆け足気味にして接近を図った。
けれどセイラは、側面に避け、闘牛士のように憎たらしく突進をすかした。
私は前方に体勢を崩しかけた。
しまった。
迂闊だった。
瞬間、真正面からでなく、側面からワンツーを二発とももらってしまい、私は前のめりに倒れた。
バランスを崩しただけなので、大したダメージではないけれど、焦りが芽生えた。
今のはパンチによるダウンと見なされてもおかしくない。
このラウンド、途中からはいい感じに攻めていたのに、このダウンは痛い。
私は即座に立ち上がり、向き直った。
ここから立て直さないと。
私は前に出てワンツーを打った。
セイラは、バックステップしつつワンツースリーの三連打を頭部にかましてきた。
とっさにブロックしたので、強打のスリーは避けられた。
けど、無情にも第一ラウンドが終わりを告げた。




