第46話 可哀そうなんかじゃない
セイラと麗艶さんが去った後、私たちも続いて控室から会場へと向かう。
「ごめん。試合前にあんなジメジメした話をしちゃって」
途中、歩きながら沙世さんが謝ってきた。
「気にしないで。麗艶さんからアドバイスをもらって、少しは気が晴れた?」
沙世さんはうーんと首をかしげた。
「まだ迷いはある。でももうちょっと続けてみようという気にさせてもらえたかな?」
美香さんも便乗して言った。
「私も。怖い人かと思ってたけど、沙世の悩みに誠実に応えてくれていたと思います」
麗艶さんへの世間での評価は、不倫やトラッシュトークの影響で散々だけど、根は決して悪い人ではないのだと思う。
チャンピオンたるもの、みんなの模範であれ、なんて言わないけれど、憧れの存在、目標にすべき存在であってほしいという思いはある。
「それに比べて・・・・・・」
美香さんが言いかける。
私が顔を向けると、おどおどしつつも、言いたいことを言い切った。
「セイラさんでしたっけ? あの人は印象が悪いですね。ヒナさんをずっと馬鹿にしていて」
私は笑って応えた。
「へっちゃらだよ。セイラさんなりに必死なんだと思う」
ヒカリ先生が自らの手をパンと叩いてみんなのスイッチを入れた。
「さあ、ここからは気分を切りかえて試合に集中よ!」
「ヒナ、負けないでね」
「勝ってくださいね」
沙世さんと美香さんに声援をもらいながら、突然パッと視界が開けた。
開演前は薄暗かった会場が、まばゆい光に包まれていた。
RFCで使われる会場に比べたらスケールは小さいけれど、華やかだ。
この雰囲気にはなかなか慣れない。
隅っこに隠れてしまいたい気分になる。
でもそんな小心な私を脇において、ズカズカと進む。
開会式で昇竜の加山代表がマイクを手に挨拶すると、出場選手全員が金網に入っていった。
こうして大会が幕を開けた。
開会式が終わり、金網から出るときセイラに声をかけられた。
「あなたを見ていると可哀そうになってきまーす。大した才能もないのにプロになって、無駄な努力をしている。いつか麗艶さんに質問した女の子のように壁にぶち当たりまーす」
私はセイラの色素の薄い瞳を真正面から見据える。
侮蔑の色と真剣な色、二つの色が見える。
煽り半分、本心半分といったところだろう。
「壁にぶつかったなら、その壁をぶっ壊すまでだよ」
「考えなしの猪突猛進。やはりあなたは牛でーすね」
私はニコッと満面の笑みを作ってみせた。
「それにね、私は可哀そうなんかじゃない」
「ホワイ?」
セイラは首をかしげる。
「仲間と汗を流して、たまに痛い思いもするけど、真剣に練習して試合に臨む。そんな日々がすごく楽しい。仮にチャンピオンになれなかったとしても、私は私を可哀そうだと思わないよ」
強がりじゃない、ほんとうの気持ちだ。
気迫に気圧されたのか、目を逸らされた。
「そんな強がり、試合では無力でーす。あなたの顔、後悔で歪ませてみせまーす」
そう言うなり、先に金網を出ていった。
その後ろ姿は見事だった。
特に肩甲骨周りの筋肉が隆起しており、相当なパンチ力を持っていることがわかる。
それでも私はひるまない。
これまで積み上げてきた成果を見せるだけだ。
体をほぐすために、軽いミット打ちをしていたら、すぐに私の番になったので、入場した。
いま、金網の中にはレフェリーと私とセイラさんの三人だけだ。
実況の声が響き渡った。
「第二試合、昇竜女子ストロー級を始めます」
まず私の名前がコールされた。
「青コーナー、千葉県、誠心道場所属、ブレイブカウ! 山本ヒナ!」
私の『ブレイブカウ』というニックネームを広めたのは、ジュリちゃんだ。
彼女がSNSで、私にこの呼び名を使ったことがきっかけで、じわじわと広まり、定着していったのだ。
次に対戦相手がコールされた。
「赤コーナー、東京都、チームアナコンダ所属、戦慄のマタドール、九条セイラ!」
本日はローカル大会にしては客の入りが多い。
というのも、セイラのセコンドに、現王者の麗艶選手が来るという情報がどこから漏れたのか、広まっていたからだ。
レフェリーが金網の中央で簡単なルール説明をした。
5分2ラウンド。
主な禁止事項は下記だ。
金網またはロープを掴む行為。
指への関節技
グラウンド状態の相手への頭部への蹴り。いわゆるサッカーボールキック、顔面への踏みつけ
四点ポジション(両手両足の四点がマットについている状態)の相手への顔面への膝蹴り
グラウンド状態での肘打ち。ちなみにグラウンドの肘は、RFCでは認められている。
そしてルール説明のあと、試合開始のブザーが鳴った。




