第34話 試合を終えて
大会が終わって家に帰ると、開口一番、両親に謝った。
にこやかに笑いながら。
「ごめん、優勝できなかった。二回戦目で負けちゃって」
「怪我はないみたいだね」
父の指摘に、屈託なく答えた。
「うん、平気!」
母は「大丈夫?」と心配してきた。
「へっちゃらだよ。楽しかった!」
お父さんは呆れたように笑う。
「殴られても負けても楽しいと思えるんだね。僕には理解できないけど、それほどヒナは格闘技が好きなんだね」
「うん、私は格闘技が大好き! これからも続けるよ!」
大会の一週間後、私の家にアスカちゃんと愛ちゃんを招待した。
私もアスカちゃんも、もう練習を再開しているけど、試合が終わったばかりというのもあって、軽めの練習メニューにしている。
こういうときじゃないとパーティはできないと思ったのだ。
「愛ちゃん、お久しぶりね」
「ママさん、元気そうだねー」
これまで何度もわが家を訪れている愛ちゃんは、気さくに応じる。
今日は休日なので、お父さんもいる。
「ようこそ。大したもてなしはできないけど、お菓子も用意しているからね」
お菓子という言葉にアスカちゃんの顔がこわばる。
「少しぐらいなら大丈夫だよ」
私がそう言っても、まだ警戒していた。
クッキー、マフィン、マシュマロなどたくさんのお菓子が大皿の上に盛られている。
「うっわー! おいしそー! 私も少しもらおうかな」
愛ちゃんもモデルの仕事をしており、美容のため普段はあまりお菓子を食べない。
「さあ、遠慮せずに食べていいからね」
お父さんのお言葉に甘えて、愛ちゃんは美味しそうに次々とお菓子を運んでいった。
愛ちゃんが次々と食べるなら、私はなおさらだった。
減量苦から解放された私の胃袋はとどまることを知らない。
クッキーをパクリといただいた。
しばらく油分の多い食べ物や甘いものは避けてきたので、より美味しく感じられた。
ひと口食べ終えると、もうひと口、もうふた口と増えていったが、一〇個目で待てがかかる。
お菓子へ伸びた私の手をアスカちゃんが掴んだ。
「食べすぎ。またリバウンドしてしまう」
「うう。厳しい」
「そうなのよ。この子、食い意地が張っていて。私たちもよく食べるから、家族みんな、太っちゃってるの。でもね。ヒナみたいに食べすぎるのはよくないけど、人生には余裕と楽しみも必要よ。アスカちゃんも食べたらどうかしら」
「お心遣いありがとうございます」
アスカちゃんがぺこりと頭を下げる。
でもお菓子には手をつけていない。
「ひとつくらいならいいんじゃないかしら」
母の提案により、迷いが生じたのか、ひとつ手にとった。
「へえ。マシュマロ、好きなんだね」
そう言って愛ちゃんもマシュマロを一つ頬張る。
「ううん。はじめて食べる。どんなのか気になった」
覚悟を決めたアスカちゃんがひと口かじった。ゆっくり噛むと、瞳を輝かせた。
「おいしい。ふっくらとしていて包み込んでくれるような、ほのかな甘さ」
「ナイス食レポだね」
父も嬉しそうだ。
「ヒナに似ている」
アスカちゃんの言葉の意味がよくわからない。
「それって、ヒナがマシュマロみたいにぷくぷくしてるってこと?」
「愛ちゃん、そんな風に思ってたんだ。ショック」
「冗談だって。それに最近のヒナは運動していて痩せているしね」
アスカちゃんは慌てて首を振る。
「マシュマロのように優しく包み込んでくれるという意味です」
愛ちゃんはアハハと笑う。
「わかるう。ヒナは優しいからね」
二人に褒められ、私は照れ笑いを浮かべた。
私の部屋に行くと、愛ちゃんはクローゼットの中を覗き込んだ。
「相変らずフリルいっぱいの衣装が好きだねえ」
アスカちゃんはというと、はじめて来た私の部屋に目を丸くしていた。
「びっくりした? ちょっと派手な衣装だけど、こういうかわいい系というか、フリルがいっぱいついた衣装、好きなんだ」
「かわいいと思う」
アスカちゃんはコクリと頷いて言った。
私はクローゼット中の服を漁る。
「あ、これアスカちゃんに似合うんじゃないかな」
「いいかも。きっと可愛い」
愛ちゃんも同意してくれたそれは、白いフリルがふんだんにあしらわれた青のドレスだ。
買ったはいいものの、ウエストが細すぎて着ずにいたのだ。
「アスカちゃん、これ着てみて。私にはサイズが合わなくて」
アスカちゃんは拒否した。
「似合わない。スカートは」
愛ちゃんと私はじっとアスカちゃんを見つめながら説得を続けた。
「そんなことないって」
「何事もチャレンジあるのみだよ」
結局根負けしたアスカちゃんは、ドレスを着ることに決めた。
着替え終えたアスカちゃんの姿を見た私は、うっとりと見入ってしまった。
ウエストがキュッとしまっていて、腰からふわっとひろがるスカートが花のようだ。
アスカちゃんは表情豊かではないが、それがかえって衣装の派手さとの、いい感じのギャップを生んでいる。
静かにたたずむプリンセスのように可憐で儚く美しい。
「めっちゃいい! クラスの男子たちを狙い撃ちできるって」
「したくない」
愛ちゃんの褒め言葉に、嫌そうな顔をしたアスカちゃんは、実際のところはモテない。
でも授業中にアスカちゃんをチラ見する男子は小学校の頃にチラホラいた。
本当は、アスカちゃんのことを好きな男子はいると思う。
ただ、口数が少なく、目力が強く、近寄りがたい雰囲気を醸し出しているため、遠目から見るだけに終始しているのだろう。
そうにちがいない。
「アスカちゃんは好きな男子とかいないの?」
「いない。恋愛に興味ない」
「大会のときにいた髪を染めた男の人、わりとハンサムだったけど、ひょっとしてああいう人がタイプだったりする?」
「あ、米田さんだね。カッコいいよね。同じジムで付き合いも長いし、お似合いかも」
あからさまにアスカちゃんは嫌な顔をした。
「ない。絶対ない。それに米田さんが入って来たのは二年前。そんなに長くない」
「たかが二年、されど二年。これは行けるんじゃない?」
「米田さんは性格も優しいし、アスカちゃんにぴったりだと思うよ」
「帰ろうかな」
私と愛ちゃんが盛り上がるなか、アスカちゃんはむすっとした顔で呟いた。
「ごめんね、アスカちゃん。調子に乗りすぎちゃった」
「それよりみんなで写真撮ろう」
愛ちゃんの提案に頷くも、アスカちゃんがちょっと待ってと言った。
「私だけこの服というのは不公平」
というわけでみんなで私のフリフリ衣装を着ることになった。
三人とも体型がちがうので、ちょうどいいサイズがあるか心配したけど、杞憂だった。
何年も前からこうしたフリフリの服を買っていたから、いろいろな大きさのがあったためだ。
「愛ちゃん、すごい。私が二年前に着ていた衣装が着れるなんて」
スリムな愛ちゃんには私の衣装は大きすぎるが、かろうじて今より少し小さい頃の服が入った。
黒と白のメイドさんのような服だ。
「ウエストがきついけど、なんとか着れたわ」
愛ちゃんの横で微笑んでいたアスカちゃんが私の方を見た。
「ヒナにも、ドレス、大きすぎるみたい」
こちらはピンクと黒のツートンカラーだ。
アスカちゃんの指摘どおり、ウエストがぶかぶかだった。
やはり格闘技を始めてから、前よりも痩せたのだろうか。
でも。
「なんだか肩周りがきつい気がする」
「筋肉もついてきたから。確実に格闘家向きの体型になってる」
「うーん。でもゴリゴリのマッチョにはなりたくないかも」
そんなこんなで衣装を着た私たちは、お母さんに写真を撮ってもらった。
後日三人分、プリントアウトしてくれるそうだ。
こんな日々がいつまでも続いたらいいな。




