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第33話 トライアルマッチ決着

 安川さんがアスカちゃんを倒した技。

 私は柔道には詳しくないけれど、投げ技の一種だろうと思う。

 普段タックルの入り方とその防御の練習はしていたけれど、柔道の投げ技はあまりしてこなかったので、盲点だった。

 もっとも、アスカちゃんはアマチュアでの経験を積んでいるし、柔道系の投げ技の対処も勉強しているはずだ。

 それでも、防げなかったくらい、安川さんの投げが見事だったのだろう。

 いきなり横四方固めの体勢からだ。

 圧倒的に下にいるアスカちゃんが不利だ。


 足を振り子のように振って脱け出そうとするも、顔面にパンチを打ち込まれる。

 はじめてのグラウンド状態でのパンチ。

 その威力はいかばかりか。

 でもアスカちゃんは、泣きそうな顔を一つもしていない。

 さらに有利なマウントポジションに移行してもよさそうだったが、安川さんは、サイドからコツコツとパンチを打ち続けることを選んだ。

 たしかに私の試合でもあったけど、上の体勢から不用意に動いてバランスを崩し、形勢逆転されてしまう場合もある。

 安川さんはこの体勢を維持し、ポイントを獲って、あわよくば関節技を極める。

 そういう戦法をとろうとしているのかもしれない。


 源治さんの怒声が響き渡る。

「何をやっている! 散々練習してきただろうが!」

 その言葉を皮切りに、アスカちゃんはブリッジで空間を作り、自身と安川さんとの間に膝をこじ入れた。

 そうしてエビをきって、ガードポジションの体勢に戻した。

 エビ。

 横に寝転んだ状態から甲殻類のエビのように後ろからお尻を突き出す動き。

 最初の頃に教わった技術で、重要だと聞いていたが、その意味をはじめて実感した。

 グラウンド状態での下からの動きにおける基礎となっているのだ。

「オープンガードだね」

 堀山さんはそう言ったあとで、説明してくれた。

「がっちりと胴体を足で挟むクローズドガードは防御力は高いけど、そこから次の動きにつなげにくいからね。オープンガードにも、いろいろな種類があるんだけど、クローズドに比べて関節技や絞め技を下から仕掛けやすい。ただし」

 アスカちゃんは器用に足を使い、有利なポジションを許さない。

 けど、上から安川さんのパンチが振り下ろされた。

「グラウンド状態でのパンチがある総合では、リスクも伴う」

 堀山さんの言葉通り、パウンドがアスカちゃんめがけ、次々に打ち込まれていく。

 ただ、アスカちゃんもやられっぱなしではなかった。

 安川さんの手首を掴んだり、自分の足で攻撃を邪魔したりしながら、対処していた。

 一瞬、安川さんの攻撃が止んだ。

 アスカちゃんが、両手で安川さんの右手首を掴んだのだ。

「いまだ! 行け!」

 源治さんの怒声を合図に、下になっているアスカちゃんが安川さんの右腕を捕らえたまま回転した。

 私が生まれてはじめての喧嘩で目にして、そして魅了された技、腕十字だ。

「アスカ、腕をへし折れ!」

 ジュリちゃんが野蛮な声援を送る。

「いっけぇー!」

 私も大声を張り上げ、叫んだ。

 お願い。

 極まってほしい。

 対戦相手の安川さんが背負っているもの、捨ててきたもの、この試合に懸けているもの。

 そんなものは知らない。

 今はただ、アスカちゃんに勝ってほしかった。

 右腕がまっすぐに引き伸ばされている。

 もう逃げられない。

 上になっている安川さんは苦しそうな表情を浮かべ、やがて静かに二回、アスカちゃんの体を叩いた。

 タップアウト、降参の合図だ。


「やったぁぁぁ! やったね!」

 思わず涙ぐみながら叫んでいた。

「よっしゃぁ!」

 堀山さんも拳を握り、歓声を上げた。

「やったわ! さすがはアスカ!」

 ジュリちゃんもライバルの勝利に興奮していた。


 私は急いでアスカちゃんのところへ向かった。

 堀山さんとジュリちゃんもついてきた。

 アスカちゃんは対戦相手の安川さんに礼を言い、リングを降りた直後だった。

 ぜいぜいと息を切らしてやってきた私を、アスカちゃんと源治さんは唖然と見ていた。

「スタミナ不足。このくらいで呼吸を荒くしてはダメ」

 この状況でも冗談を言えるほどの余裕があるとはすごい。

「ハハハ。アスカちゃんの試合を見ていたら興奮しちゃって」

 そう言って私が笑うと、あまり表情を崩さないアスカちゃんもはにかんだ。

「ようやくプロになれた」

「おめでとう! がんばったね」

 私が抱きつくと、アスカちゃんも私の背中に手を回し、ぎゅっと強く抱きしめ返してきた。

「先にプロの世界に行くけど、待ってるから」

 私は頷いた。

「うん。絶対にプロになるよ」

「二人だけの世界に入っているんじゃないわよ。私だってプロになるんだからね!」

 そう口をとがらせるジュリちゃんも、どこか嬉しそうだ。

 堀山さんは私たちの友情に感動していた。

「熱いライバル関係。いいね!」

 こうしてさきほどの敗北の痛みはどこかへ吹っ飛んでいった。

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