第32話 アスカの挑戦
アマチュアのトーナメントは無事終了し、残すはアスカちゃんのトライアルマッチだけとなった。
ちなみに私の出場した階級では、セイラさんが優勝した。
相手の攻撃をすべてさばききり、パンチと蹴りの手数で圧倒するというスタイルで危なげなく判定勝利をものにした。
いつの間にやら会場には、たくさんの人だかりができていた。
この試合は、かなり注目されているのだと分かる。
私たちはチームスパークの控えのスペースで、ジュリちゃんと堀山さんといっしょにアスカちゃんの試合が始まるのを見守っていた。
米田さんは大会の手伝いで席を外していた。
青田さんは大学の課題に追われ、残念ながら応援に来ることができなかった。
堀山さんはアスカちゃんを褒めたたえた。
「さすがはアスカちゃん。今回のトライアルマッチは、異例の事態だよ。昇竜とRFC、二つの団体は、これまで互いに干渉してこなかったけど、このたびは昇竜の加山代表とRFCの原田代表が協力して開催しているんだ」
見るとリングの中央でがっちりとした体型の中年男性二人が握手を交わしていた。
頭髪が薄く、額に傷のある方が加山代表、眼鏡をかけている方が原田代表らしい。
堀山さんが続けて説明してくれた。
「本来なら、資金も選手層も厚いRFCが、アマチュアの研鑽の場となっているものの、赤字続きの昇竜を相手にはしない。それでも今回、共同でトライアルマッチをしたというのは、それだけアスカちゃんが女子格闘技において無視できない存在となっているからだよ」
なるほど。
要はアスカちゃんはすごい、ということだ。
ふとアスカちゃんの対戦相手、安川恵さんをちらりと見る。
整った顔立ちの女性だが、鼻を折っているようで、鼻筋がまっすぐでなく、少しよれている。
そのとき、二階の観客席から「お母さん、ファイト!」という子どもの声がした。
見ると彼女の夫と思われる男性と小学校低学年くらいの男の子が声援を送っていた。
「ありがとう! 勝ってくるからね!」
安川さんは二人のいる方向を向き、拳を上にかざして笑っていた。
安川さんには背負っているものがある。
でもそれはアスカちゃんだって同じだ。
もう一度、二階の観客席を見る。
ファッションモデルの仕事と重なったせいで、愛ちゃんは来られなかった。
本人も残念がっていた。
両親は娘が殴られる姿は観たくないという理由で来ていない。
両親ともスポーツ全般が好きじゃないので、仕方ない。
でも、プロになって、いつか心配する必要のないくらい強くなって、そうしたら観にきてもらいたいと思うのだった。
しばらくして試合会場の準備が完了した。
すでにリングの中にレフェリーがいて、次にアスカちゃんと対戦相手の安川さんが入っていった。
堀山さんは精一杯の声援を送った。
「アスカちゃん! ファイト!」
私も負けじと声を張り上げた。
「頑張ってー!」
ジュリちゃんの声援は過激だ。
「ぶっ殺せ、アスカ!」
安川さんの身長はアスカちゃんより低いけど、その分骨格ががっちりしててパワーがありそうだ。
関節技による一本勝ちが多い選手なので、寝技に注意しないといけない。
試合開始!
アスカちゃんは軽く自身の体を揺すぶりながら、小刻みに動き、様子をうかがっている。
安川さんも同様に拳を顎の近くに掲げ、じっと見つめていた。
互いに見合っている。
レフェリーからアクションを起こすよう、両者とも注意される。
はじめに動いたのは安川さんだった。
いきなり大振りのフックをフルスイングで打ってきた。
これをアスカちゃんは斜め後ろに下がることでかわした。
はじめての顔面ありの試合だけど、心配なさそうだ。
普段の練習で顔面攻撃ありのスパーリングをしてきたことが役に立った。
安川さんのフルスイングは当たったらひとたまりもないだろうが、打ち終わりに隙が生じた。
アスカちゃんはそれを逃さず、鋭いジャブを放った。
安川さんの頭が後方に跳ね上がった。
おそらくアスカちゃんのジャブが見えていない。
これは突破口になるかもしれない。
安川さんの鼻から血がつーと流れた。
でもひるまずに前に進んできた。
負けじと安川さんも、ジャブを一発出すが、その間にアスカちゃんのパンチが三発入った。
スピードではアスカちゃんが断然上だ。
この勝負、勝てる!
そう思った矢先、安川さんがアスカちゃんの胴体に組みついた。
立った状態で、しばらくもつれ合っていたが、やがて安川さんがアスカちゃんの足に、自身の足を引っかけた。
するとアスカちゃんが弧を描き、宙を舞った。
いや、舞わされたのだ。
バシンッ!
瞬時に音を立てて、アスカちゃんは背中からマットに叩きつけられてしまった。




