第31話 ブレイブカウ
試合はまだ終わっていない。
タックルに成功したんだ。ここから・・・・・・。
するとセイラではなく、レフェリーの男性に組みついていた。
私は他の係の人に抑えられていた。
待って。何が起こったの?
私はセイラと闘っていたのに。
するとすぐ隣で私を見下ろすようにして立っているセイラがいた。
状況が呑み込めなかった。
不意にジュリちゃんの顔が視界に現れた。
「記憶はある?」
「うん。セイラ、さんと闘っている」
「そうよ。それでアンタはタックルに行ったとき、セイラのギロチンチョークで失神したの」
ギロチンチョークは両腕で相手の首を抱えて仕掛ける絞め技だ。
タックルに来た相手へのカウンターとして使われることが多い。
体勢的に下になるリスクもあるけれど、極まったら相手を失神させられる一発逆転の可能性を秘めた技だ。
そうか。負けたんだ。
涙は出なかったけど、やっぱり悔しい。
するとジュリちゃんに励まされた。
「ナイスファイト。大丈夫だって。もっと練習して次勝てばいいんだから」
するとすぐ近くで私を見下ろしていたセイラ選手がこう言った。
「fool.headlong rush. Like a cow」(愚か者。猪突猛進。まるで牛ですね)
侮蔑の言葉であることはすぐに分かった。
不思議と怒りは湧いてこなかったが、反対にジュリちゃんが食ってかかった。
「あんたねえ、だれがバカだって? なんでいっしょに闘った相手を馬鹿にできるの?」
するとセイラはすっとぼけた。
「オーノー。私日本語ワカリマセーン」
「このう! ヘンテコな蛇の刺青しちゃってさ」
ジュリちゃんの言葉にすぐ反応した。
「スネークちがーう! ドラゴンです! ここでぶっ飛ばしますよ!」
「やれるもんならやってみな!」
リングの中は大混乱に陥った。
セイラのそばにいた麗艶さんはというと、他人事のようにケタケタと笑っていた。
場内が落ち着いたのち、勝ったセイラ選手とジュリちゃんは係の人から説教を食らう羽目になった。
「ごめんね、ヒナ。せっかくの試合を滅茶苦茶にして」
「気にしないで。ジュリちゃんが私のことを思って怒ってくれたのが嬉しいよ」
ジュリちゃんと話していると、麗艶さんが謝罪をしにやってきた。
「さっきはごめんなさいね。うちのセイラが失礼なことを言ってしまって」
私はかぶりを振る。
「そんな、気にしないでください」
「あなた、あのとき観客席にいた子よね」
「覚えていてくれたんですね」
麗艶さんはフフフと微笑んだ。
「なかなか筋が良いわ。タックルもうまかった。これは楽しみね」
言い終えると麗艶さんは先にリングから降りた。
ジュリちゃんは敵意の眼差しを終始、現王者に向けていた。
「師匠も師匠なら、弟子も弟子ね。教育がなっとらん」
まあまあ、とジュリちゃんをなだめつつ、私たちもリングを降りた。
負けてしまった。
でもジュリちゃんが言ってくれたように、これで終わりじゃない。
反省点を活かしてまた練習するだけだ。
それにしても。
チームスパークのみんなが控えている場所に向かう途中、私はジュリちゃんに尋ねた。
「セイラさんは外国語で私に何て言ってたの?」
「カウ。メスの牛みたいって」
「うう。牛かあ。ちょっとカッコ悪いなあ」
「じゃあ、私がニックネームつけてあげる。レイジングブル。でもブルはオスの牛だった」
「うーん。『ブレイブエンジェル』とか」
「それ、すごくダサく感じる」
「私も思った。なかったことにして」
ジュリちゃんは腕を組み、うーんと唸った。
そしてしばらくして言った。
「そうだ。『ブレイブカウ』はどう? カッコよくない?」
「勇敢な牝牛。たしかにいいかも」
「プロになったときのリングネームはそれでいこう」
なれるかはわからないけれど、という言葉をぐっと呑み込む。
「考えてくれてありがとうね。ブレイブカウ、ブレイブカウ♪」
みんなが控えている場所に来るや否や、アスカちゃんにぎゅっと抱きつかれた。
「ごめん。負けちゃったよ」
私は涙ぐみそうになるのをぐっと堪えた。
「もっと練習して、いまよりも強くなればいい」
「うん。頑張るね」
「アスカ、ウォーミングアップをするぞ。準備しろ」
源治さんの声で、アスカちゃんは抱きしめるのをやめた。
私は、源治さんにも謝った。
「先生、すみません。負けちゃいました」
源治さんは何も言わず、アスカちゃんとともにウォーミングアップの準備に取りかかった。
「勝って! 絶対プロになってね」
私の言葉にアスカちゃんは拳を上にかざして応えた。




