第30話 ヒナVSセイラ
私の勝利をアスカちゃんも喜んでくれた。
「試合観てた。寝技で、柔術の青帯相手にあれだけ闘えたのはすごい」
「ありがとう。次も頑張るよ」
二回戦目の対戦相手は、三戦一勝二敗の四国の選手だ。
そこへ源治さんがやってきた。
「はじめてにしては上出来だ」
まさか褒められるとは思わず、顔をほころばせた。
でも次の言葉を聞いて、私は死刑を宣告されたような気分になった。
「二回戦目の相手が、初戦のケガで棄権することになった。お前の対戦相手は九条セイラに変更だ」
アスカちゃんに敗れたものの、接戦を繰り広げた相手だ。
「お前も知っていると思うが、かなり手ごわいぞ」
「わかっています。でもやります」
「その意気だ。セイラはリーチが長く、体格も大きい。ただ減量はお前よりもハードなものを強いられているはず。しかも当日計量だから体重もさほど戻せない」
ちなみに、プロの試合だと計量は前日に行われることが多い。
一日で食べ物や水分を補給し、体重をある程度戻すという方法をとる選手が多い。
一般的に格闘技は体重が重い方が有利とされる。
だから細かく階級が区分されているのだ。
源治さんは続けて言う。
「過度な減量はスタミナ面に悪影響を与える。だからセイラは短期決戦でくるはず。今回の試合は四分一ラウンドと決して長くはないが、短くもない。長期戦を視野に入れて行こう」
初戦と同じく、セコンドにはジュリちゃんがついてくれる。
源治さんは、今回プロ昇格が懸かっているアスカちゃんのセコンドにつく。
ギリギリまで調整をしたいらしい。
私とセイラさんの試合は今から七試合挟んだ後に行われる。
それまでは他の選手の試合を観ていたが、セイラさんとの試合が気になり、心ここにあらずだった。
そうして、ようやく私とセイラさんの試合が始まる。
今回は四方にロープを張り巡らせたリングで、私は青コーナー側で待機していた。
落ち着かず周囲をきょろきょろ見回していた。
すると向かいの赤コーナーの向う側に、立っているセイラさんがいた。
背が高いのですぐに分かった。
彼女はいまセコンドの麗艶さんにバンテージを巻いてもらっている。
このリングの中では、ついさっきまで別の選手同士が闘っていた。
マットには、係員が拭き切れなかった返り血と、空間には試合の熱気が残っている。
そうして私の番がやってきた。
不意に背後から肩を揉まれた。
「緊張しなさんな。さっき勝てたんだから自信を持ちな」
「ジュリちゃん、ありがとう。そうだね」
とは言っても、なかなか不安がぬぐい切れなかった。
マットの中央に進み出て、セイラさんと向かい合う。
やはり体格の差は歴然だった。
デカい。自然と私が見上げる形になる。
目を合わせた。
色素の薄い瞳の中に強い闘志が宿っていた。
目を逸らしたら負けだと思い、まじまじとその薄茶色の瞳を見つめる。
「small(小さいですね)」
チビと言いたいのだろう。
ここで言い返してもよかったが、試合でぎゃふんと言わせたかったので、無視した。
私は武者震いしていた。
アスカちゃんと一進一退の闘いを繰り広げた強敵。
対戦相手のセイラさんのことはよく知っている。
いや、ここで『さん』付けはやめておこう。
敵意はない。
むしろアスカちゃんとあれほどの闘いをしたことに敬意を抱いているくらいだ。
けれど、ここではそんなもの邪魔にしかならない。
たたえ合うのは試合が終わってからでいい。
レフェリーが試合開始を告げる。
互いのグローブをタッチして一旦離れた。
「雰囲気に呑まれんな。練習通りに行くのよ!」
セコンドのジュリちゃんに発破をかけられる。
対する麗艶さんもセイラにアドバイスを送る。
「セイラ! まずは自分の距離を作りな!」
私がダダダと中央まで駆け寄る。
対するセイラは少し下がった。
セイラの大地を踏みしめる両足のうち一本が消える。
ローキック。
足を上げて防いだ。
もう一発。
これはもらった。
ビリビリとした衝撃が足に襲いかかるも、アスカちゃんのに比べたらへっちゃらだ。
ここに来てガチスパーを経験していてよかったと思えた。
それでもローキックはもらいすぎるとダメージが蓄積する。
無駄にもらわないようにしないと。
私は頭を振りながら、クイックな動作をしつつ、様子をうかがう。
遠い。
この距離では蹴りしか当たらない。
しかも前足へのローキックくらいだろう。
「前へ出なきゃ! でもまっすぐ馬鹿正直に出ちゃダメよ!」
ジュリちゃんの言う通りだ。
まっすぐ前に出たらカウンターの攻撃をもらいやすい。
私は左斜めに歩を進めた。
当たる!
右のローキックでセイラの前足の内ももを蹴った。
セイラは表情一つ変えない。
効いているのかいないのか。
いずれにしろ倒すだけ。
続けてセイラはパンチを繰り出してきた。素早いボディへのジャブ。
私は腕でブロックした。
アスカちゃんのような力強さはないけれど、精度が高く、急所を的確に狙ってくるパンチだ。
「組みもあるわよ!」
ジュリちゃんのアドバイスで冷静になれた。
そうだ。これは総合格闘技。
打撃だけじゃないのだ。
でもいきなり入ってもまず成功しない。
私は距離をじりじりと詰めた。
不意にセイラがマットで足を踏んだ。
その後、脇腹にバチンという鋭い音がした。
ミドルキックだ。
息が詰まりそうになったが、その蹴り足を掴むことに成功した。
私はセイラの軸足を足で払った。
パーンという音とともにセイラは転倒した。
チャンス。
グラウンドで相手を下にできたら強烈な打撃から逃げられる。
「グラウンド!」
レフェリーがグラウンドに移行したことを告げる。
私は上からセイラの胴体にしがみつく。
「セイラ、すぐに立ちな!」
麗艶さんの指示に従い、必死に押して逃げようとするセイラだけど、ジタバタ動くだけで、関節技を仕掛けるような素振りも見せない。
私はすぐに足をさばかず、セイラを抑え込んだ。
「くっ! ファック!」
悔しまぎれに文句を言うセイラにレフェリーから口頭注意が入った。
セイラの下からの動きは、相変わらずうまくない。
邪魔をしているセイラの足をさばいて、サイドポジションに入った。
「二分経過よ!」
ジュリちゃんが叫ぶ。
セイラの打撃技術はすごい。
立たせてしまったら不利になる。
立った状態ではなく、グラウンドの状態で勝負を極めてしまいたいと功を焦った。
それがまずかった。
私はサイドのまま両腕でセイラの左の腕を掴み、ひねろうとした。
アームロック。
このとき極めようとする腕ばかりに意識が集中し、バランスが崩れてしまったのだ。
その隙を逃すセイラではなかった。
彼女は下からの技術はないものの、パワーがある。
強引にブリッジでひっくり返されたのだ。
上下が逆転した。
「焦んな! まだ巻き返せる!」
ジュリちゃんのよく通る声が耳に届いた。
そうだ。まだこれからだ。
私はこれ以上有利なポジションを許すまいと、足でセイラの攻撃を邪魔した。
するとセイラは立ち上がり、来い来いと手で煽ってきた。
「絶対KОか一本とりなさい! じゃないと負けるわよ!」
麗艶さんの叱咤激励を聞きながら、セイラはこちらをじっと睨み続けている。
綺麗な目をしていた。
でも色素が薄く、血管まで透けて見えそうで少し怖かった。
びびってんじゃないよ、私。
ひるみそうになるのを堪え、負けじと睨み返してやった。
レフェリーに立つように促され、スタンドからの再開になった。
残り一分。
もう一回タックルに行けるかもしれない。
セイラは自分から攻めてきた。
肝臓のある部分をめがけて強烈なボディを打ってきた。
かろうじてブロックで防ぐも、腕ごと弾き飛ばされた。
ガラ空きのところにさらに反対側の拳で殴ってきた。
肝臓から血の味がし、うめき声をあげそうになるもぐっと堪えた。
苦しい。でも苦しいだけだ。
この勝負、勝てる!
距離がぐっと近くなる。
今だ!
「今よ! ヒナ!」
私の意思とジュリちゃんの声が呼応した。
ダン!と足でマットを踏みぬくと、体を低くしてセイラの足に組みついた。
両足タックル。手応えはあった。
倒せる!
セイラは私の首を抱えながら後ろに倒れ込んだ。




