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第29話 初陣


 大会当日になった。場所は東京で行われた。

 地元の千葉とは近いけど、休日なので人が多く、しかも重たいスポーツバッグを持っての移動だったので、行くまでで少し疲れてしまった。

 当日計量では、リミットより二キロ少ない体重でのクリアだった。

「落としすぎ。失格になるよりはいいけど」

 アスカちゃんにも釘を刺された。


 私は持ってきていたミネラルウォーターに手を伸ばすも、アスカちゃんに制される。

「がぶ飲みしちゃダメ。ゆっくり少しずつ。食べ物も」

「大丈夫。わかってるって」

 笑って返すも、本当は分かっていなかった。

 もうお腹が空いて、喉が渇いて仕方なかった。

 このときの水はどんな高級店のディナーよりも格別だった。

「ヒナの試合は、三番目。試合まで時間がない。あまり食べすぎない方がいい」

 私は頷く。

 

 軽く水分補給をした後、ウォーミングアップはみんなで行なった。

 ジュリちゃんの持つミットを必死で殴った。

「いい感じ。羨ましいくらいパンチ力あるわ」

 普段口の悪いジュリちゃんが褒めてくれるのが、なんというかむず痒かった。


 一回戦の相手は、浜口という、東京出身の選手で、私より一つ上。

 グラップラーでブラジリアン柔術の青帯だ。

 三戦していて二勝一敗の戦績だけど、勝利はすべて一本勝ち。

 作戦は源治さんと話し合い、あらかじめ立てている。

 寝技に付き合わずに、打撃で行く。

 

 第一試合目はセイラさんの試合だった。

 試合前の準備をしていたので、全部を見る余裕はなかったけど、相手を倒した場面だけは見ることができた。

 綺麗な軌道のハイキックで相手の意識を断ち切っていた。

 隣で見ていたジュリちゃんも感心していた。

「すごいハイキック。でも、まあ、ひとまずは目の前の試合に集中よ」 

 

 そうしていよいよ私の番が来た。

 リングに入り、四方に張り巡らされたロープに背をもたせる。

 思った以上に硬い。

 

 私のあとで、対戦相手の浜口選手が入場してきた。

 リングに上がって対峙すると、若干私より背が高くリーチも長かった。

 でも気後れするほどじゃない。

 「よろしくお願いします!」

私がぺこりと頭を下げると、浜口選手も頭を下げた。


試合開始。

一旦離れた後、再び互いのグローブをタッチし合った。

距離をおいて様子を見ようとしたところ、浜口選手はいきなりタックルに来た。

私は低い姿勢になった対戦相手に上から覆いかぶさるようにして抑え込んだ。

これは『がぶり』という技術だ。

私はひそかな感動を覚えた。

練習してきた技がはじめて試合で使えたからだ。

私が圧倒的有利。

でも油断してはいけない。まだ試合は続く。


ここから頭部に膝蹴りを蹴れるルールの団体も存在しているらしいけど、昇竜では禁止されている。

セコンドのジュリちゃんからアドバイスが飛ぶ。

「寝技に付き合わなくてもいい。立っちゃっていいよ!」

そうだ。相手は寝技の得意な選手なんだ。 

私は立ち上がり、浜口選手と距離をおいた。

うつぶせ状態だった浜口選手は立ち上がる。

私は少し距離を詰めてボディに右のボディフックを打った。

負けじと相手も距離を詰め、打ち返してきた。

至近距離でのボディの打ち合いになった。

大丈夫。マウスピースを吐きそうなほどじゃない。

私は殴りながら、少しずつ前進していく。

浜口選手が嫌そうに少し下がった。

私が押している。

「一分経過! そのまま攻撃を続けるのよ!」

 でもここで再び相手がタックルに来た。

 やばい。左足を抱えられた。

 片足タックルだ。

 マットについているほうの足で、こかされまいとするも、倒されてしまう。

「すぐに動け!」

 下になったけど、背中を床にべったりとつけられる前に、足を動かしてそれ以上悪い体勢になるのを防いだ。

 いま私は、相手の骨盤に自分の両足を当てている。

 腰を蹴って立とうとしたけれど、うまくいかなかった。

 さらに足をさばかれ、パスガードを許してしまった。

 足の障壁を突破され、サイドポジションをとられてしまったのだ。

「ブリッジ、ブリッジよ!」

「うおぉぉ!」

 私は気合とともにブリッジをして跳ね返すことに成功した。

「よっし! そのまま上をキープ!」

 ジュリちゃんの大きな声が響く。

 いまはサイドポジション。

 ここからマウントを取って、一本を取りたい。

 でも不用意に動いたらスイープでまた上下を入れ替えられてしまう。

 私はしばらくサイドで抑え込んだ。

「あと二分。このままでもいい!」

 え? いいの?

 と思ったけど、ポイントは採っているとジュリちゃんは判断したんだろう。

 マウントポジションは上が有利な体勢だけど、バランスを崩しやすい。

 リスクをとらずに勝ちに徹するというのもありかもしれない。

 でも。

 私は右膝を相手の胴体にまたがせ、マウントに行こうとした。

 やっぱり一本を取りたいという欲が芽生えたのだ。

「ああ! 不用意すぎ!」

 そのとき、マウントポジションの一歩手前で、ひっくり返された。

 下になった。私の足は浜口選手の胴体を挟んでおり、まだ抵抗ができる。

 私は相手が安定したベースを作る前に右腕をつかみ、腕十字を仕掛けた。

 形には入った。

 でも腕が伸び切る前に、防がれた。

 これ以上不利になるのを防ぐために、必死で右腕に抱きついた。

 浜口さんは必至の顔で、腕を引き抜こうとしている。

 負けじと私も踏ん張る。

 膠着状態がずっと続いた。

 そうしているうちにいつの間にか試合は終了となった。

 果たして判定は……。

 

 ジャッジは三人だ。

 最初のジャッジは、浜口さんにポイントを入れた。

 次のジャッジは私。

 そした最後のジャッジは……。

 私だった!

 レフェリーが私の手をとり、上にあげた。

「二対一の判定をもちまして、勝者山本ヒナ選手!」

 勝利。勝利。

 私は感極まって涙ぐんだ。

 いままでやってきたことは無駄じゃなかったのだ。

 日々の練習も、減量でおいしいものを我慢することも、アスカちゃんとガチスパーをしたことも。

 

 浜口さんと礼を交わした。

「闘ってくれてありがとうございました」

「こちらこそありがとう。ボディへのパンチ重かったよ」

 悔しいだろうに、さわやかな笑顔で礼を言ってくれた。

 気持ちのいい試合ができてよかった。


 リングを降りたところで、ジュリちゃんに褒めてもらえるかと思いきや。

「サイドポジションのままキープすればいいって言ったでしょうが!」

「ごめん。つい欲が出ちゃって。でもなんで私が勝てたのかな?」

 ジュリちゃんが冷静に分析してくれた。

「立った状態でのパンチでの攻勢、腕十字を狙った積極性が評価されたんだと思う」

 たしかに浜口選手に寝技で上を取られた場面もあったけど、攻撃という攻撃は受けていなかった。

 ジュリちゃんに肩をポンと叩かれた。

「まあ、何はともあれ、おめでとさん」

「ありがとう。これで今日はぐっすり眠れそうだよ」

 次いで頭にチョップを受けた。けっこう強めだ。

「痛いよ、ジュリちゃん」

 彼女は謝らなかった。

「まだ早いでしょ。トーナメントなのよ」

 そうだった。今大会はトーナメント形式。

 しかもアスカちゃんといい試合をしたセイラさんも参加しているのだ。

 すでにセイラさんは一回戦目で勝利し、駒を進めている。

 もし次の試合で私が勝てたら、三回戦目で闘うことになる。

「まだまだ油断は禁物だね。優勝目指して頑張るよ!」

 私の意気込みにジュリちゃんは嬉しそうに頷いた。

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