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第26話 地獄のトレーニング

 大会は無事終わった。

 一旦ジムに帰ってからの解散となるのだが、道中の車内の雰囲気は最悪だった。

 ジュリちゃんとアスカちゃんは、さっきまで殴り合っていたのが嘘のように打ち解けていた。

 けれども米田さんと源治さんが険悪なムードだったからだ。

 二人の間には終始ピリピリとした空気が漂い、一言も口を利かなかった。

 いつもは饒舌な堀山さんも重苦しい空気を感じたのか、口数が少なかった。

 青田さんもかなり緊張していた。

 ちなみに青田さんは初戦で勝ったけど、次の試合で判定負けになった。


 米田さんと源治さんの険悪な関係はこの日だけでなく、その後も続いた。

 それが引き金になったのか、源治さんの指導がますます厳しくなっていった。

 いままで床に向けて竹刀を叩く程度だったのに、練習生の背中や足を軽くではあるが、叩くようになった。

「青田! 一回アマチュアの試合で勝ったくらいで調子に乗るな!」

 青田さんの背中を竹刀でバシッと叩いた。

 いまは体力強化のため、重りのついたバーベルを肩にかついで、スクワットを行なっていた。

 うめき声を上げながら青田さんは必死に下半身の上下運動を繰り返していた。


「次、ヒナ!」

 重りを減らしてもらい、ラックに架けてあるバーベルを肩に担ぐ。

 歯を食いしばり、バーベルを担いだまま、ゆっくりと膝を伸ばす。

 そこから膝を下げ終えて、再び上げようとしたところ、太ももの裏を竹刀で叩かれた。

「まだ膝を曲げられるだろ! 手を抜くな! 趣味でやりたいなら別だがな」

 趣味という言葉に私もカチンと来た。

「うがぁぁ!」

 叫び声を目一杯あげて、深く膝を曲げた。

 ミシミシという音がするのではないかというくらい膝を震わせながら、その日は一〇回を五セット行なった。


 休憩時間中、私はマットの上でへたりこんでいた。

 息をぜいぜい言わせながら、「くそっ」と思わず声に出した。

 アスカちゃんが隣に座ってきた。

「無理そうなら言って。お父さんを止めるから」

 努めて笑顔で親指を立てた。

「へっちゃらだよ。私、プロになるんだから」

「そう、だね」

 アスカちゃんがこちらを見ずに頷いた。

「あー、ひょっとして信じてないんだ。私がプロになれるって」

「そんなことない。絶対に無理ってことはない。ただプロの世界は厳しい。大きな怪我をして日常生活にも支障をきたした選手も知ってる。うちのお父さんもその一人」

「新藤先生が?」

「お父さん、引退試合で怪我をして右目があまり見えていない。運転免許を取り上げられるほどではないけれど」


 冷や汗が流れた。

 そういえば源治さんの右目だけ焦点が合っていなかったけど、そう言う理由だったのか。

「ごめん。せっかくやる気になっているのに、邪魔するようなことを言って」

「ううん。私のことを心配してくれているのが伝わったよ。でも、へっちゃらだよ!」

 私は笑ってみせた。

 リスクはある。

 でも覚悟だって、ある!


 三ヶ月後、私のアマチュアデビュー戦の二週間前となった。

 アスカちゃんも同じ大会に出場する。拳の怪我は完治したそうだ。

 彼女はトーナメントではなく、ワンマッチだ。

 この試合で勝てば、なんとRFCと契約ができるらしい!


 プロになる方法はいろいろある。

 例えば昇竜でいえば、一般の部のアマチュア大会で優勝して、プロ昇格というのが一般的なルートだ。

 キッズ、ジュニアの部からいきなり飛び級でプロの、しかも大手団体からの打診が来たというのは、アスカちゃんの実力と戦績があってこそだろう。


 練習後の道場で、私はアスカちゃんとその話題をしていた。

 源治さんとジュリちゃんもアスカちゃんのそばにいた。

「すごいよ、アスカちゃん。これで勝てばプロになれるんだね」

 アスカちゃんの頬が緩んでいた。まんざらでもなさそうだ。

「ありがとう。ジュリには悪いけど、絶対にこの一戦で勝利してプロになる」

 たしかに、前の試合では、拳の怪我というアクシデントがあったとはいえ、ジュリちゃんがアスカちゃんに勝っている。

 ジュリちゃんはニッと笑って言った。

「気にしなさんな。どうせすぐに私がプロになって追いついてやるから」

 源治さんは険しい顔を崩さなかった。


 実は、源治さんはRFCからの提案に、すぐにオーケーしなかったらしい。

 アスカちゃんがまだ中学二年で身体的に成長途中というのが理由らしい。

 いきなりRFCの実力者と闘わさせられて、体を壊され、ボロボロにされるのではという懸念があったという。

 でもアスカちゃんがどうしてもというので、提案を呑んだそうだ。


「本来、中学生までは顔面なしだが、アスカのワンマッチのみ、顔面ありだ。ルールもRFCのものと、ほぼ同じ。もう少し時間をかけてプロになるのもありかと思ったが、こういう機会はなかなかないからな」

 対戦相手はRFCの安川恵という選手だ。

 柔道ベースのグラップラーで、四〇才のベテランファイターだ。

 一五戦九勝六敗という戦績だが、RFCでは一勝もできておらず、現在連敗中。

 本来の階級はアトム級だ。

 ちなみにアトム級の体重は49キロ以下。


 契約体重は四八キロと、アスカちゃんに合わせてくれているが、メジャー団体に出場しているほどの選手だ。

 手ごわい相手なのには変わりない。

 ジュリちゃんがアスカちゃんに発破をかける。

「安川は崖っぷち。おそらく何が何でも勝ちに来ると思う。気を抜くんじゃないわよ」

「アスカちゃん、頑張ってね」

 私がそう言うと源治さんがツッコミを入れた。

「お前もだ、ヒナ」

 そうだった。私も同じ大会に出場するのだった。

「ヒナ。お前には天性のセンスはない。だが、ないなりにこれまで努力してきたことは認める」

 続けて源治さんは言う。

「お前は真面目な性格だから、あまり策を練るのはおすすめしない。そのまま愚直に闘った方がいい。私がおすすめするのは打撃。特に右のストレートが強いから、パンチで勝負するんだ。相手のタックルを切って切って切りまくり、打撃で攻めろ」

 作戦と呼ぶには単純すぎる気もするが、呑み込みのよくない私にはちょうどいい。

「押忍! 絶対に勝ちます!」

「よし! ならば準備しろ」

「え? 練習終わったんじゃ?」

「嫌ならいい。その程度の覚悟だということでいいか?」

「やります! で、何をすればいいんですか?」

「アスカと今からガチスパーをしてもらう」

 私はアスカちゃんを見る。

 彼女は真剣な眼差しで頷いた。

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