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第24話 同門対決

 金網の外で私とジュリちゃんは待機していた。

 金網は青コーナーと赤コーナーに分かれていて、私がいるのは赤コーナー。

 向かい側の青コーナーにはここからは見えないが、アスカちゃんと、セコンドの源治さんがいるのだろう。

 右も左もわからない私は、ジュリちゃんの指示に従った。

 私はジュリちゃんの拳にバンテージを巻いていく。

「もっときつめがいい。緩んでほどけると試合が中断されるし、相手の目に当たって怪我をさせるかもしれないから」


 バンテージを巻き終えると、疑問を口にした。

「ジュリちゃん、男の人は米田さんも含め全員ダメなの?」

「米田、さんかあ。まあそこまで嫌いじゃないけど、やっぱりいっしょに話したり、仲よくしたりというのは避けたいって思うかな」

「でも米田さんはジュリちゃんのこと、そんなに毛嫌いしてないじゃない」

 ジュリちゃんはバンテージを巻いた拳を掲げ、グローブをはめろと促す。

「なんで急にそんなこと言い出すわけ? そんなにアスカの対戦相手のセコンドにつくのは嫌なの?」

 グローブをはめ終えた私は、ジュリちゃんを刺激しないよう気をつけつつ答えた。

「ジュリちゃんもアスカちゃんも友だちだから、どちらか一方に肩入れするみたいで気まずいのはあるよ。でもそれとは別の話。ジュリちゃん、いままで試合に出るときセコンドはどうしてたの?」

「アスカに頼んでた。今回みたいに同門対決ははじめてだから」

「やっぱり格闘技の競技人口は男子の方が多いし、ある程度は男の人と交流するようにしとかないと、今後困ると思うんだ」


 あからさまに嫌な顔をされた。

「ここに来てお説教かい。まあいいけど。いや、よくない。なんで格闘技を始めたばかりのアンタに、大先輩の私が教え諭されなくちゃいけないのよ」

「みんな最初は初心者だよ」

「分かった風なことを言いおって。ますますムカつく」

 そう言ってジュリちゃんが唇をとがらせる。


 そんな話をしながら着々と試合の準備を進めていた。

 会場のアナウンスで、ジュリちゃんとアスカちゃんの名前が呼ばれた。

「おっし。行こう」

「うん! できるだけ公平な立場でセコンド、頑張るね」

「いや、そこは私に肩入れしなよ。アンタ、セコンドなんだから」

「そうだった。ごめん。とにかく頑張って」

「あたぼうよ。やるからには全力でいくわ」

 ジュリちゃんが鉄格子のような扉を開け、金網の中へ入っていく。


 戦場となる金網に入れるのは、二人の戦士とレフェリーのみ。

 再び出られるのは試合が終わるか、急なアクシデントで一時中断するときくらいだ。      

 ジュリちゃんはリラックスさせるために、手先足先をブラブラさせた。


 私は自分が試合に出るかのごとく、体を震わせた。

 ジュリちゃんの背中越しにアスカちゃんと源治さんがみえた。

 いよいよ残酷な同門対決が始まるのだ。

 私は自分をコウモリみたいだと思った。

 ジュリちゃんのセコンドだから当然彼女を応援しないといけないし、やるからには頑張って欲しい。

 でもアスカちゃんを応援したい気持ちもある。


 どっちの味方やねんという話だ。

 アスカちゃんは右の拳を負傷している。

 ジュリちゃんも怪我をした箇所を狙ったりはしないだろうが、私は〝あること〝を願った。

 ジュリちゃんに、アスカちゃんの拳をますます悪化させるようなことだけはしないで欲しいということを。 


 試合開始のゴングが鳴らされる。

「ファイト―!」

 私は叫んだ。

「アスカ、殺す気で行け!」

 源治さんも叫んだ。


 声援とは対照的に、立ち上がりは静かだった。

 互いにゆっくりと歩を進め、当たるか当たらないかの距離でのローキックをアスカちゃんが蹴る。

 これは空を切る。

 距離をはかるための蹴りかもしれない。

 ローキックの弧を描く軌道を見届けると、ジュリちゃんは強く踏み込み、ボディへのストレートを放った。

 アスカちゃんはこれを左腕でブロックした。

 そしてサウスポーの構えから、ボディへの左フック。

 フックは横からの軌道のパンチで、ストレートよりも距離が短いけれど、威力は高く、綺麗に当たれば相手を倒せる強力な攻撃だ。

 プロの試合映像だと、打撃で倒れるときは、顔面へのフックをもらったときが多い。

 ボディフックが、ジュリちゃんの脇腹に直撃した。

 一瞬、ジュリちゃんの体がくの字に折れ曲がるも、耐えて負けじとボディを殴り返した。

 お互い足を止め、ボディへのパンチやローキックを打っていく。

 ボディを打つにはかなり近づかなくちゃいけないので、さきほどのセイラさんのように、距離をおく闘い方は、顔面なしのルールでは特殊だ。

 その間も、アスカちゃんは執拗に左ばかり打っていた。

 右は打たない。いや、打てないのだ。

 痛めているだけならまだしも、骨折していたら大変だ。

 でもアスカちゃんの試合を止める権利は私にはない。

 あるのはレフェリーと彼女のセコンドについている源治さんだけだ。

「いかん! アスカ、距離をとれ!」

 源治さんがなぜそう叫んだのかは分かる。

「ジュリちゃん、組みもあるよ!」

 そうだ。

 ジュリちゃんはブラジリアン柔術の黒帯、いわば寝技のスペシャリストだ。

 お互いの距離がかなり詰まった瞬間に、ジュリちゃんがタックルを仕掛けた。

 失礼だけど、ジュリちゃんのタックルはあまりうまくなかった。

 だから練習では、寝技に持ち込むため、下になるリスクのある引き込みを多用していたのだろう。

 アスカちゃんの腰は重く、ジュリちゃんがいくら押しても大木のごとく動かなかった。

 業を煮やしたジュリちゃんは引き込もうとしたけれど、アスカちゃんがつき合わなかった。

 ジュリちゃんが引き込みの失敗で下になっても、アスカちゃんは上を取らずに、立った状態で距離をおいた。


 アスカちゃんは立ったまま、ジュリちゃんは寝転がったまま、互いににらみ合っている。

 試合は立った状態から始まる。

 ジュリちゃんにレフェリーが立てと指示を出した。

 ジュリちゃんは立ち上がり、スタンドでの仕切り直しとなった。

「ジュリちゃん、もう一度トライだよ!」

 おそらく打撃はアスカちゃんの方が強い。

 そんな中で、ジュリちゃんが勝つには、何としてでも得意の寝技に引きずり込むしかない。

 ジュリちゃんは、また一気に距離を詰める。


 アスカちゃんは斜め後ろに下がりつつ、遠間からローキックをジュリちゃんの太もも目がけて放った。

「それでいい! 遠い距離からアウトボクシングだ」

 以前アスカちゃんから聞いたのだけど、ボクシングでは接近戦をインファイト、遠い間合いから闘うのをアウトボクシングというらしい。

 おそらく源治さんは、セイラさんとの闘いのような完全決着ではなく、アウトボクシングでポイントを稼ぎ、立ったままアスカちゃんに判定勝利してもらいたいと思っているのだろう。

 ジュリちゃんは真っすぐに前に出る。

 それには応じず、アスカちゃんは下がる。

 そして遠間から軽めのローキックを蹴っていく。

 軽めといっても、何発も喰らったら足へのダメージが蓄積し、フットワークが使えなくなる。

 ジュリちゃんは苛立っているようだった。


 どうすればいいのか。

 格闘技経験の浅い私には、的確なアドバイスをジュリちゃんに与えられなかった。


 流れが変わったのは、追いかけっこの状態がつづいて残り二分となったときだ。

 ローキックを放ったアスカちゃんの蹴り足をジュリちゃんがキャッチしたのだ。

 そこから、タックルにつなげ、見事ジュリちゃんは上をとることに成功した。

 ここから寝技の攻防に移るかと思いきや、突如アスカちゃんの口から大きなうめき声が漏れた。

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