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第23話 アスカの選択

 会場では次の試合がすでに始まっており、アスカちゃんとセイラさんは金網を後にしている。

 辺りをキョロキョロ見ていると、アスカちゃんは源治さんの横にうつむいて立っていた。

 隣には米田さんもいた。

「アスカ、様子おかしいね」

 愛ちゃんも異変に気づいていた。

「うん。何か雰囲気も暗い」

「私はここで待ってるからさ。行ってきなよ」


 私は愛ちゃんに礼を言うと、観客席から立ち上がり、アスカちゃんたちの元へ向かった。

 源治さんは何やら険しい顔で米田さんと向かい合っていた。

 さらに源治さんたちと少し距離をおいたところでジュリちゃんが静観していた。

 腕を組みながらどこか冷めた目をしていた。

「アスカの戦績に傷をつけたくない。棄権はさせない」

 女子の参加人数は男子より少ないのが普通らしいが、今回は特に少なかった。

 ジュリちゃんは人数の関係で一試合少なく、アスカちゃんとジュリちゃんの同門対決が準決勝になる。

 そして勝利したどちらかが決勝戦で別の選手と闘う。


 源治さんの威圧的な態度にも米田さんはひるまなかった。

「リスクが大きすぎます。アスカちゃんは拳を負傷している」

 知らなかった。

 よく見たら彼女の右拳には包帯が巻かれ、その上からも血がにじみ出ていた。

「殴ったときに怪我したの?」

 私の問いかけに、アスカちゃんは頷いた。

「たぶんボディへのパンチをブロックされたときに肘に強く当たったんだと思う」

 米田さんが補足してくれた。

「構えが左足前だとオーソドックス、右足前だとサウスポーと言うんだけど、アスカちゃん、試合の後半で対戦相手をダウンさせたとき、オーソドックスからサウスポーに切りかえて左のパンチばかり打っていただろ? あれは右の手を痛めたからなんだ」

 そういえば途中から、アスカちゃんは右のパンチを出さなくなっていた。


 米田さんは説明を続けた。

「アスカちゃんはパンチ力がある。でもだからこそ、当たりどころが悪いと、その威力に拳が耐えられなくなるんだ。このまま試合に出ても右手は使えない。仮に右で殴れば、二度と拳が握れなくなるかもしれない」

 麗艶さんが言っていた長所と隣り合わせの弱点の意味がわかった。


 源治さんは米田さんに掴みかからんばかりに圧を強めた。

「それがどうした。ハードパンチャーならこのくらい当然だ。ジュリとの試合は絶対にする。もしくはジュリに棄権してもらう。総合的な実力ではアスカの方が上だ」

 それを聞いて、いままで黙っていたジュリちゃんがはじめて声を上げた。

「ちょっと、いくらジムの道場主だからって、それはないんじゃないっすか? 私だって格闘技に命懸けてます。アスカに勝ちを譲るつもりありませんから」

 物怖じしないジュリちゃんに、源治さんも押し黙った。

 そこへ米田さんが追い討ちをかけた。

「仮にジュリちゃんが勝ちを譲ったとして、拳を負傷したアスカちゃんが決勝で勝つ見込みは薄い。それに勝ったとしても、ここで無理をすれば怪我が長引くし、最悪の場合、選手生命が絶たれてしまう。アスカちゃんはまだ若いし、将来がある。ここは棄権をおすすめします」

 源治さんが米田さんを仇のように睨みつける。

 米田さんも目をそらさず、対峙する。


 殺伐とした雰囲気の中、アスカちゃんが言い争いをする双方の間に進み出た。

「米田さん、ありがとう。心配してくれて。お父さん、私、試合出たい」

 アスカちゃんの覚悟を理解したのか、米田さんも無理に引き止められなかった。

 源治さんはアスカちゃんに向かって頷いた。

 一部始終を見ていたジュリちゃんはアスカちゃんに歩み寄って彼女の肩に手をおいた。

「いい試合にしよ。それと手加減はしないから」

 アスカちゃんは「押忍」と短く答えた。

 このときのアスカちゃんの決断を肯定できないでいた。

 無理に試合をして大きな怪我をしたら、その代償をずっと支払わなければいけなくなる。

 でも闘いたいという気持ちはわかる。

 今日の試合のために全てを捧げ、練習に励んできたのだから。


「アスカちゃん、無理だけはしないでね」

 ジュリちゃんが同門ということもあり、小声でそっと言った。

 アスカちゃんは黙って頷いた。


 愛ちゃんのいる観客席に戻った。 

 麗艶さんはすでにいなかった。

 チームメイトのセイラさんといっしょに帰ったのだろう。

 愛ちゃんにも会話の一部は聞こえていたようで、私の説明への理解が早かった。

「あんだけ大きな声で言い争いしてたら、嫌でも聞こえてくるよ。でもさ、あの親父さん、やっぱり好きじゃないわ。娘を自分の人形としか思ってないんじゃないの?」

「私はそうは思わない。アスカちゃんをファイターとして尊重しているんだよ。でもそれが度を越しているとは思う」


 係員が会場のマットを拭いていた。

 同門対決はこのあと一試合を挟んでから行なわれる。

 愛ちゃんは私の言葉を聞いてニシシと笑った。

「あの親父さんに理解を示すなんて、ヒナも格闘家のメンタルを手に入れたんだね」

 私は少し恥ずかしくなった。

「偉そうに言っちゃってごめん。私、まだ試合に出たことないのに」


 そうこう言っているうちに、次の試合が始まった。

 男子一般の部で、お互い重量級のストライカーだった。

 迫力ある殴り合いをしているが、私は上の空だった。

 アスカちゃんのことが気になって観戦に集中できなかったのだ。

 ド派手なハイキックでの決着で終わった。

「すっごー。あっ!」


 突然、愛ちゃんが試合会場から視線を外した。

「あの娘は同じチームの子だよね?」

 愛ちゃんの視線の先を追いかけると、ジュリちゃんがこちらにやってきているのが見えた。

「うん。早瀬ジュリちゃんっていうの。めちゃくちゃ強いんだよ」

「なんか怒ってる? 口がうさぎみたいになってるんだけど」

「ううん。たぶん怒ってないと思う。ジュリちゃんはああいう表情をすることが多いから」

 ジュリちゃんは初対面の愛ちゃんに挨拶した。

「こんちは。ヒナ、さんのチームメイトの早瀬ジュリって言います」

「やっほー。私、愛。よろしく」

 表情の硬いジュリちゃんとは対照的に、愛ちゃんは元気よく手を上げて挨拶した。


 年上にため口。

 でも愛ちゃんはジュリちゃんの年齢を知らないから仕方ない。

 するとジュリちゃんは私に視線を向けた。

「あのさ、私のセコンドについてほしい」

 突然だ。しかもなぜ私?

「私、技術的なことを教える自信ないよ」

「いいの。いてくれるだけで」

 それもまた、ただの数合わせみたいで悲しい話だ。

「堀山さんは係員をしているから仕方ないとして、どうして米田さんじゃ駄目なの?」

「私、男が嫌いなのよ。だから女のアンタにセコンドについてほしいというわけ」

 なんでと聞こうとしたけれど、やめた。

 ジュリちゃんは過去に父親の不倫で傷ついている。

 そこからの因果関係を考えれば、男嫌いになるのも無理はないかもしれない。

 たしかにジュリちゃんは、男子ともいっしょに練習していたけれど、みんなとの雑談では、男の人が来たら、さっとその場から離れていた。

「もうすぐ準備があるから、いっしょに来て」

 私がセコンドに就くのは、ほぼ決定済みみたいだ。


 仕方ないだろう。

 女子の会員は私とアスカちゃんとジュリちゃんしかいないのだから。

 アスカちゃんには申し訳ないけど、今回は対戦相手であるジュリちゃんの味方をするしかない。

「と、いうわけで、こいつ借りていきます」

 私を指さし、愛ちゃんに言った。

「はいよ。ヒナ、セコンドがんばね」

 こうしてふたたび愛ちゃんと別れ、ジュリちゃんとともに金網の前まで向かった。

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